赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 21話から25話
やがて宴がたけなわになる。
ステレオから流れてくる三味線の音に合わせて、1人のあでやかな芸者が、
顔を隠して一同の前に登場する。
扇を片手に、艶やかな舞いを披露する。
人々がよくよく凝視してみると、舞っているのは、今夜の主賓のはずの市坊。
「なんと。おらが村の市坊が、いきなり、女になった!」
衝撃はたちまち、一夜のうちに、麓の街にまでひろがっていく。
市坊は子供の頃から、か弱かった。
女の子とばかり遊んでいた市ちゃんは、中学を卒業後、地元の
土産物店に勤めた。
仕事の合間に、三味線や日本舞踊を習うという、女っぽい青年そのものだった。
青年団の集団作業でも、力の弱い市ちゃんは、まったく能率が上がらない。
「女以下じゃ」と、男たちから馬鹿にされてきた。
春のある日。そんな生活に嫌気を覚えた市ちゃんは、なけなしの
5000円を持って、村から姿をくらました。
そして数日後のこと。
お金を使い果たし、上野駅の待合室で途方にくれていた市ちゃんに、
通りかかったお姉さんが声をかけた。
この日。久しぶりに深川を訪ねた春奴だ。
途方に暮れたまま、どんよりしていた市ちゃんの様子を見るにみかねて、
春奴が声をかけた。
用事を済ませた春奴が、鬼怒川へ戻る途中のことだ。
「なに、くよくよしてんのさ。あんた。
その辺で、ご飯でも食べよう。
人間。お腹がすいていると元気が出ないものさ。
おや、なんだい。女と思ったら、あんた男かい。
こりゃまた驚いたねぇ・・・」
身の上話を聞いた春奴が、思いがけないことを切り出す。
「あんた、いっそのこと、芸者に化けてみないかい」
春奴は市ちゃんの女性的傾向を、すでに一瞬にして見抜いていた。
2人が着いた先は、栃木県最大の観光地として脚光を浴びている鬼怒川温泉。
身なりを女に変えた市ちゃんは、検番(芸者の管理組合)の試験を
すんなり合格してしまう。
推薦した春奴が名付け親になる。
「きぬ奴」の名前で晴れて、芸者としてデビューする。
立ち会った置屋の女将たちは、市ちゃんが男であることを見破っていた。
しかし。見事なまでの市ちゃんの女っぷりに「これは行ける」と
確信をもっていた。
市ちゃんに、女になりきるための秘訣を、事細かに指導していく。
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 21話から25話 作家名:落合順平