twinkle,twinkle,little star...
私はその説明に引き込まれながら、もし港さんとこうして二人で星についての話ができたら、どんなに良かっただろうか、と思った。彼と同じ好きなものを共有できていたら、こんな結果にはなっていなかったかもしれなかった。
彼に自分のことを包み隠さず伝えて、少しでも寄り添っていれば、彼も私のことを理解して、私も彼を知ることができていたかもしれないのだ。でも、今となってはそんなことを考えても、全く意味のないことだった。
私はふっと息を吐き、美夕ちゃんと展示室から出てきたけれど、美夕ちゃんの明るい様子に少しだけ憂鬱な気分が吹き飛んでいった。星を楽しげに見つめている人の顔を見ていると、ほっとした。それは美夕ちゃんが語っていたことと全く同じで、私達は似ているのかもしれないな、と思った。
「プラネタリウム、観に行きましょう。あまり混んでいないみたいだし、チケット今からでも間に合いますよ」
「そうね」
私達はプラネタリウムへと赴き、さっそく自動販売機からチケットを二枚買った。ちょうど入場前となって、何人かのカップルや家族連れが並んでいた。その後ろの方に並びながら、「楽しみですね」と美夕ちゃんは顔を笑みでいっぱいにさせる。
「佐代さん、地学部で部長やっていたんですよね。どこの高校ですか?」
「ああ、私? 私は羽望北女子高だけど」
その瞬間、ふっと彼女の体から力が抜け、彼女が目を見開いた。
「もしかして……羽望北の野崎佐代先輩ですか?」
彼女の声が震えていて、私は少し驚きながらも、「そうだけど……」と同じように彼女を食い入るようにして見つめてしまう。
「私も、羽望北なんですよ。すごい偶然ですね。じゃあ、初代部長の野崎先輩だったんですか、佐代さんは。私、部室に残っていた記事とかコラム読んで、感動して……それで地学部に入ったんですよ」
「ほ、本当に? 私の記事、読んだの?」
「冊子にまとめてあったので、それで読んだんです。はぁ……不思議な繋がりがあるものですね」
本当にそうだった。私は高校時代、天体についての文章を書くことにはまっていて、部室にその残骸を数多く残していった。今になってそれを読んでくれた人が現れるなんて、驚きだった。
「私、佐代さんならこういう記事を書いてかなりすごいことできるんじゃないかと思いますよ。なんというか、本当に普通じゃ書けないような文章のような気がしたんです。佐代さんにはずっとああいう記事を書いてもらいたいな」
なんか変なこと言ってしまっているようですが、と美夕ちゃんははにかんだように笑いながら私をじっと見つめた。私は突然の言葉に、何と返せばいいのかわからず、彼女を見返していたけれど、やがてぷっと噴き出した。
「私、今は別の仕事に就いているし、記事は書かなくなってしまったんだけど、そうね、そういう得意なことを活かすことも楽しいかもしれないわね」
「そうですよ! あんな記事書けるんですから! 私、佐代さんの文集、コピーして大切に持っているんですよ」
彼女がどこか興奮したように言うので、私は少し恥ずかしくなりながら、ありがとう、と笑った。
そこで博物館の職員が入場開始を告げ、一斉に前の列が動き出した。私達は言葉を切り、その流れに促されるままに中へと入っていく。
とても大きなスクリーンが頭上に現れ、私はプラネタリウムに来るのが久しぶりのことだったので、思わず声を失って設備に見惚れ、足取りも遅くなってしまった。投影機が配置されていて、今からどんな星空を見ることができるのか楽しみだった。
傾斜した床にはリクライニングのチェアーが並んでおり、私達は席に座ると、そこに背中を寄り掛からせて大きく息を吐いた。久しぶりだな、と美夕ちゃんがはしゃいでいるのを見て、私も久しぶりに星空を楽しむ時の気分を思い出して、口元を緩めた。
「少なくとも私は今、別の仕事をしてるけど、いつでもこの楽しみを思い出せるから、道は外れていないのよ。いつだって私の傍には星があるし、こうしてまた星空を見ることができるんだから」
私がそう言って微笑むと、美夕ちゃんは「そうですね」とつぶやき、スクリーンを見つめながら少し押し黙っていた。やがて彼女は少しだけ躊躇うように、でもはっきりとした声で言った。
「でも、私は佐代さんの才能をもっともっと活かせるんじゃないかって思うんです。また記事を書き出したらどうでしょうか。あれだけ感動させる文章を書くことができるのは、佐代さんの中に何かがあるってことなんだと思います。色々な可能性を試してみて、チャレンジするのも、全部星に繋がっているんだと思いますよ」
私はそっと隣の席へと顔を向け、美夕ちゃんを見た。彼女はスクリーンに視線を据えたまま、微かに口元を緩めていた。私は少しだけ目を閉じて想いを巡らせた後、そうね、とうなずいた。
「本当に楽しいと思っていたことをどこかに置いてきてしまったのかもしれないわね。休みの日なんかにパソコンで何か書いてみることにするわ。できれば、美夕ちゃんにも読んでもらえると嬉しいな」
「もちろん読みますよ。あの天体に関する連載小説、続編書いてください!」
彼女は熱っぽい吐息を零しながらそう言って、私へとうなずいてみせる。そこでちょうどアナウンスが流れて、辺りが暗くなり始めた。私達は言葉を切り、スクリーンへと視線を注いで暗闇へと体が沈み、宇宙に溶け込んでいくのをじっと待った。
やがて満天の星空が広がり始める。そして、プログラムが始まると、最初の方で流れ星が降って観客から「おお」と歓声が上がった。私達も声を上げて心を浮き立たせながら、その情景を見つめて息を呑む。
星々の眩いほどの輝きが降ってきて、私の心に吸い込まれて弾けていく。そこに開いた穴から感動という名の奔流が注ぎ込み、私は動くこともできず、夜空に見入った。
プログラムはゆっくりと進んでいき、ヒーリングミュージックが素晴らしい音響によって私の元に迫ってきた。やがて星座の紹介に移ると、美夕ちゃんは感嘆の声を始終上げていて、私も促されるまま星空に食い入るようにして見入ってしまった。
その圧倒的な星の数は私の目が追いきれないほどで、その明るい光が重なって大きな夜空を無限に輝かせていた。どこまでもどこまでも星が連なり、右を見ても、左を見ても、自分の心を覗いても、そこには星が輝いていた。
プラネタリウムは宇宙を映し出す鏡となって、私の心そのものを投影していた。私はこの際限のない輝きを心に焼き付けたくて、いつまでも星空を見つめていたい……いつもそう思ったのだ。でも、日常の中でだんだんと瓦礫の山にそれは隠れていき、やがて見失いかけていたのだ。
あとはただ一つ、大切なあの人ともう一度会って、話すことさえできれば、私は何物もいらなかった。でも、もう私と彼を繋げるものはただの記憶の残り香に過ぎなかった。
ゆっくりと壮大な音楽が弾け、徐々に夜空が引いていく。辺りが白い光に包まれ始め、やがては私は宇宙から舞い降りて地上へと戻った。プラネタリウムが終了し、あっという間の奇跡を私と美夕ちゃんは言葉もなく、微笑み合うことで語ることしかできなかった。
作品名:twinkle,twinkle,little star... 作家名:御手紙 葉