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御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
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twinkle,twinkle,little star...

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 座席から立ち上がって歩き出した私は、その大きな感情の波に胸を詰まらせていて、とにかく美夕ちゃんに「すごく良かったわね」と囁くだけだった。美夕ちゃんもどこか嬉しそうな顔でうなずき、「良かった」と深い吐息を漏らした。
 そうして私は通路へと入り、歩いていくけれど、そこでふと唐突に港さんの顔が脳裏に浮かんだ。いや、それは幻影などではなかったのだ。彼が一人の女性と手を繋いで目の前を歩いていた。
 彼はこちらには気付かず、振り返らなかった。楽しそうにその女性と顔を見合わせながら言葉を囁き合っている。
 港さん、と私は足腰がひび割れ、崩れ落ちてしまいそうになるのを防いだ。それは星々の力をもらった今だからこそ耐えきれることだった。
 そう、これが現実だったのだ。私が港さんの影を追い求めてふとした夜に涙していても、現実はただ動いてゆっくりと進んでいく。港さんとの恋は既に過去のものとなり、私の中でも風化し、港さんは新しい恋に楽しい日々を過ごしているのだ。
 だけど、それが当たり前だとわかっていても、どうしても涙を抑えられなかった。港さんはあの頃とは全く何も変わっておらず、ただ少し痩せただろうか、長身の体やしっかりとした足取りは記憶と全く変わらなかった。
 彫の深い顔をしていて、人の良い笑みが浮かんでいる。隣の女性も小奇麗に赤い服に統一し、スカートから下には本当に美しい足が覗いていた。彼らが並んで歩いていると、映画撮影のワンシーンのように見えてしまう。
 私がいた証は、彼の中に果たしてあるのだろうか、と思った。でも、きっと少しでも、ひとかけらでも残っていてくれればいいな、と思った。彼の背中が遠ざかる中、私はただ立ち尽くし、視線だけをその二人へと縫い留めていた。
 港さんが行っちゃう。でも、それを止める術などなくて、私はただ彼らが消え去るのを待つことしかできなかった。
 でも、これでいいのだ。私は私の道を歩いていく。もう迷いなどなく、ただひたすら地に足を付けて歩いていけばいいのだ。
 そう思うことができたけれど、でも涙は堪えようがなかった。美夕ちゃんが驚いた顔で私を見て、どうしたんですか、と肩を抱いて脇へと促す。私がプラネタリウムに感動していると思ったのか、彼女は笑顔でハンカチを差し出してくる。私はそれを受け取って何とか涙を拭った。
 でも、涙はどんどん零れ落ちて止まらなかった。
「佐代さん、何かあったんですか?」
 美夕ちゃんの声だけが宵闇の中で風に乗って運ばれてくる微かな暖かさのように私の心を震わせた。
 私はただうなずき、大丈夫だから、と囁くことしかできなかった。
 美夕ちゃんは私の肩をつかんで彼女に私がしてあげたように、背中を擦ってくれた。私はいつまでもいつまでも、彼の残り香が消えてなくなるまでそこに立ち尽くし続けた。
 私を包む宇宙は、幾千もの流れ星と共に、やがては日常の静けさに変えられ、沈んでいった。

 *

 その夜、自宅アパートに帰ってきた私は簡単にパスタを作ってそれを少しずつ胃の中に入れていった。今日のプラネタリウムは本当に楽しかった。そして、港さんとの出来事は本当にショックだった。でも、不思議と今は落ち着いていた。
 彼女のくれた言葉の一つ一つがどうにか私の心を繋ぎ合わせて保ってくれているようだった。美夕ちゃんはあの日の夜、こんな気分でいたのかな、と少し思った。美夕ちゃんも好きな人に想いを否定されて、それで落ち込んでいたと語っていたけれど、私達は少し似ているのかもしれなかった。
 美夕ちゃんにあげた星空の音楽をラジカセでかけながら、私はパソコンを開き、ワードプロセッサーを出した。まだ文章の構成も何も決めてはいなかったけれど、すぐに書き出した。もうそこには躊躇が入る隙などなかった。
 私が普段、星空に関して感じていること、日常の中で見えるその瞬間を一つ一つ言葉に綴っていく。今日のプラネタリウムの感想なども含め、私は自分の中の想いを形にしていった。そうして出来たものは本当にささやかな日常を描いたものだったけれど、私の書きたかった文章はただ素直に表現することだけだった。
 書いた記事を新規作成のブログに転載し、公開する。そこまで来て、私は時間を忘れて作業に打ち込んでいたことを思い出した。それは久しぶりの感覚だった。高校時代、夜遅くまでパソコンに向かい、文章を打っていたことを思い返す。
 何かに打ち込むということは結構楽しいものだな、と本当に久しぶりに思った。
 美夕ちゃんにそのアドレスを送ると、私はベッドに寄りかかって、天井を見上げた。
 私がやりたいことは、ずっとずっと胸の奥に仕舞われていたことだけだった。でも、それは蓋を開けてみると、本当にすぐ側に存在していたのだ。また書き出そう、と思うことができた。
 そこで美夕ちゃんからメールが返信されてきて、「すごくいいです!」という顔文字付きの文面を見て、私はぷっと噴き出してしまった。
『適当に書いただけなんだけど、気に入っていただけたようで良かったわ』
『たまにでもいいので更新してもらえると、本当に嬉しいです。絶対チェックしますので』
 美夕ちゃんのそんな言葉が聞けただけで、書く力が湧いてくるような気がした。私はベッドに横になり、音楽に耳を澄ませながら目を閉じた。そうしていると、すぐ脳裏に星々の輝きが蘇ってくる。
 私はそんな果てしない銀河の煌めきを想像しながら、すっと小さな雫が頬を伝うのを感じた。そのまままどろみに沈んで眠りに就こうとした時、スマートフォンから着信音が鳴り響いた。
 誰だろう、美夕ちゃんだろうか、と私は起き上がってすぐにそれを手に取ったけれど、画面を見たら、亜稀ちゃんと表示されていた。私はすぐに顔を綻ばせた。
 田舎から帰ってくる電車で偶然会った高校の同級生で、今は一児の母だ。彼女と再会した後に、私達は何度か会うようになり、たまに電話でお喋りをすることもあった。たぶんまた会わないかどうか、話したいんだろうな、と思う。
 ――今、すごく活き活きしてる。素敵になったわね。
 彼女が電車の中で掛けてくれたあの言葉に、私はどれだけ救われただろう。自信を持てなかった私が、少しでも頑張ろうと奮起させてくれたのは彼女だった。
「はい、もしもし」
 私が電話に出ると、亜稀ちゃんは「こんばんは」といつも通りの落ち着いた口調で言った。
「夜分遅くごめんなさい。ちょっと大切な話があって電話させていただいたの」
「大切な話? 何かしら?」
 私の中で、言葉では言い表せないような予感が心にすっと溶け込んで、広がっていくのを感じた。何か、自分の運命を変えるようなことが今、語られようとしている……そんな気持ちがしたのだ。
「佐代さんは高校時代、よく記事の編集作業とかやっていたわよね。あの出来がすごく良かったから、私、ずっと覚えていたんだけど」
 美夕ちゃんに言われたことが再び誰かの口から告げられると、単なる偶然ではないような気がしてしまう。何だろう、と私はスマートフォンをさらに耳に押し当てた。
「それで、あなたのその力を見越してのことなんだけど……佐代さんは今、会社でもすごくつらい思いをしてるのよね。で、提案なんだけど……」