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御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
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twinkle,twinkle,little star...

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 こんな仕事があるのよ、と彼女がつぶやいた。

「先輩のおかげで、また観望会に来れました。ありがとうございます!」
 美夕ちゃんが頭を下げると、他の三人も「ありがとうございます!」と大きな声で叫んだ。
「OBが来てくれるってことにならないと、顧問の先生が渋るんですよ、本当に」
 美夕ちゃんがそうひそひそ声で囁いてきて、博物館のプラネタリウム入口で立っている男性顧問をちらりと見た。彼はきゃらきゃらと笑い声を上げている美夕ちゃん達を見て、苦笑している。
「それは良かったけど、ここの博物館、来たことなかったの?」
「はい! 何度か候補に上がったんですけれど、他の観測地点に行くことになってて。本当に良かったです!」
 美夕ちゃんがふわふわの栗色の髪を揺らせながら大きく言うので、他の女子三人組はうなずき合う。
「初代部長と知り合いになるなんて、美夕の顔の広さには驚きだね」
「美夕、いっつも一人で突っ走る傾向があるからなあ。たぶん、佐代先輩を無理やり言いくるめて……」
「その小動物みたいなルックスで、甘えた声でも上げて……」
 うるさいわね、と美夕ちゃんが少し怒った顔で振り向き、再び他の部員としゃべり始める。
「すみません、来ていただいてしまって」
 顧問の男性教諭が苦笑いを浮かべながら近づいてきて、そう囁いた。
「いいんですよ、私も観望会にはここ数年参加していなかったので、楽しみにしていたんです」
「あなたがうちの部を盛んにしてくれたから、今の部員たちがあるようなもので。本当に代々の部長も感謝していたみたいですよ」
 その顧問の堀越さんは白髪混じりの頭をぽりぽり掻きながら、困ったように笑った。私は小さく首を振り、「でも」とつぶやく。
「でもやっぱり、今のあの子たちの笑顔があるから、地学部も続いているんだと思います」
「はい、そうですね。私ももっと活動の場を増やしてあげないといけませんね」
 そんなことを話していると、入り口前には結構な人の数が集まってきていた。土曜日の夜とあって、やはり専門知識がなくても星を楽しみたいと思う人がいるらしかった。子供の同伴で来ている母親達のグループなど、家族連れも多かった。
 私が最後に観望会に参加したのは、ずっと昔のことで、確か高校時代だった気がする。当時の下宿先近くに博物館があり、その頃も冬だったので、オリオン座のオリオン大星雲を見たことを覚えている。
 そこで職員の方が先着順にグループをいくつかに割り振り、私達はAグループとして、プラネタリウムの中に入って観望天体について簡単に話を聞いた。そのまま屋上の観測テラスへと移動して、色々な注意事項を聞いた後に、星空の説明に移った。
 そこから見える星空はまさに銀河の果てまで連なる一つの命の輝きだった。私の中で大きな感情が膨れ上がって胸を突き破り、爆発するのではないかというような、そんな雄大な景色がそこにあった。
 季節の星座を見つけていきながら、天の川などを歓声を上げて見つめていると、そっと美夕ちゃんが隣に立つ気配があった。振り向くと、彼女が頭上を見上げて「私、自分の夢が何かわかったような気がします」とつぶやいた。
 他の部員の子達が双眼鏡を覗く中、美夕ちゃんはにっこりと笑い、あれです、と夜空を指示した。
「やっぱり私、頑張って勉強して、星に関することをずっと学んでいける仕事に就きたいです。ただ流されるままに生きていくんじゃなくて、自分の方向を自分で決めて、しっかりと歩んでいけるような、そんな人になりたいんです」
 私は薄らと浮かび上がった彼女のその美しい笑顔をおそらくいつまでも忘れないだろうな、と思った。うなずいてみせる。
「美夕ちゃんなら、きっとできるわよ」
「はい。少しでも佐代先輩に近づきたいです」
 私は彼女の頭に手を置き、ぽんぽんと撫でた。私の目元にじわりと何かが滲むのがわかったけれど、それを拭うことはなかった。
 私にもきっとできることがあるのかもしれない。ただあきらめの中でだらだらと続けているよりも、しっかりと地に足を付けて自分の星の未来を考えなくちゃいけないのかもしれない。
 毎日毎日上司に怒鳴られて、ただ悲しくて、塞ぎ込んで、それでも前に進み続けていきたいとやってきた。でも、そうやってだらだらと身も入らずに中途半端に続けていいのだろうか。
 それよりも、自分に届いたチャンスを精一杯活かして、何とか生きていく道を力を振り絞って見つけていく方がいいのかもしれない。 
 私は大きく、お腹の底の空気全てを絞り出すように息を吐いた。そして、もう一度星を見上げた。
 もう数えきれないほどの星が輝く中で、その天の川だけは光と光が重なり、交わり散らばって、ダイナミックに空を流れていた。どこまでもどこまでも連なる光の帯が、私の未来の行く末を示しているような、そんな幸福な想像をさせるのだった。
 私はふっと先日のことを思い出す。亜稀ちゃんの言葉の一つ一つを思い出して、今、一歩を踏み出そうと決心できるような気がした。

 流行りのポップスが響く店内で、私は亜稀ちゃんと顔を見合わせていた。喫茶店には多くの客が入り、一つ一つのボックス席に家族連れやカップルが所狭しと並んで笑い声を上げていた。一席一席のスペースを広く取ってあり、十分に寛げる空間が広がっていた。
 亜稀ちゃんは手元のアメリカンコーヒーをブラックで少しずつ飲みながら、私をじっと見つめて、微笑んでいた。
「その話、聞かせてくれる?」
 私が少し身を乗り出して言うと、亜稀ちゃんは小さくうなずき、カップをソーサの上に置いて語り出した。
「佐代さん、うちの雑誌のライターを担当する気ないかしら。星に関するコーナーで、記事を執筆してくれる人を探していて、それで佐代さんの高校時代の実績を思い出して、声をかけてみたんだけど。私、高校時代に佐代さんの文章を読んですごく驚いたの。この歳で、こんな文章が書ける人がいるんだって」
 亜稀ちゃんはそう言うと、まあ、それともう一つ、と言葉を重ねた。
「佐代さん、今の会社、心を削られながら働いているのよね。それでも頑張ろうって思ってやってるのはわかるけど、これからも今のままでずっとやっていけるって思う?」
 私は俯き、小さくうなずいた。
「死ぬ気になって働く覚悟はできてる」
「そしたら、その熱意と才能を私の夫の会社で活かしてみない? 小さな編集プロダクションだけど、お給料はそれなりに出すわ。何よりも佐代さんの力を活かせるチャンスよ。私が佐代さんの書いたものを夫に見せたら、すごく心を揺さぶられたみたいよ。一度、話を窺ってみたいって」
 亜稀ちゃんはそう言って私の手に掌を重ねて、小さくうなずいてみせた。
「あなたにとっても、悪くない話だと思うけど。私も、佐代さんのことが心配なのよ」
 私は大きく息を絞り出し、じっと考えていた。自分の進んでいく道が、今少しだけ拓けたのだろうか。どこに行き着くかはわからないけれど、できることをやっていくべきだ。
 出来る限りのことをして、生きて行こうって思ってたんじゃなかった?
「わかった。少しだけ考えさせてもらえるかな?」