JK達の勇気を食べて僕の虫歯は加速する
彼女とは、バイト先の先輩後輩として知り合った。
*
我が家に『お小遣い』という制度はない。学校生活で必要なものは言えば買ってもらえる。
それ以外は……『欲しい物は自分で稼いで買え』の精神だ。
その代わりと言っては何だが、自分で働いて稼いだお金で何を買おうが、両親から一切文句は言われなかった。例えそれが、高校生に似つかわしくない物であっても。
テレビに冷蔵庫、ステレオコンポ。MSXに各種テレビゲーム、ガラス扉のキャビネットにはカクテルフィズの瓶を並べた。僕は自分の城を充実させる為に、あえて部活にも入らずバイト生活に明け暮れた。
僕が海鮮レストランのバイトを初めて一年後、JKの新人二人が入ってきた。
一人が小柄で綺麗系セミロングの裕美ちゃん。そしてもう一人が長身で可愛い系ショートカットの由紀ちゃんだった。カウンターで店長の調理補佐をしていた僕が指導係となった。
小学校でカコに初恋して以来 完全にショートカット好きになった僕は、だんだんと由紀ちゃんの笑顔に心の安らぎを覚えていった。
『シマダイ!』第四話、八話 参照 http://novelist.jp/82975_p5.html
二人が加わって二ヶ月程過ぎたある日、スタッフルームで昼休憩をとっていた僕の元へ由紀ちゃんがやってきた。手にはプレゼント……。
「あの~、これ島井さんに渡してほしいって裕美が……。自分じゃ恥ずかしいからって」
「裕美ちゃんが? 何だろう……ありがとう」
「家族で旅行に行ってきたみたいで、そのお土産だって」
中身はピアノ型のオルゴールだった。曲名は米米クラブの『浪漫飛行』
「へー、そうなんだ。皆んなにお土産なんて裕美ちゃん偉いね」
「そんなわけ、……ないよ」
由紀ちゃんはお土産について、それ以上は話さなかった。
「やっと……あの、もうすぐ夏休みですね」
「そうだねー。でも宿題がね~」
「アハハ、嫌いなんですか?」
「昔から大っ嫌い。特に英語が苦手なんだよね」
「あの! あたし英語得意です!」
「……え?」
「アタシ、その宿題島井さんの代わりにやります!」
「いやいや、それはさすがに悪いよー」
突然の申し出に、僕は内心戸惑った。
だが結局彼女に押し切られる形で、夏休みの英語課題は任せることになってしまった。
「なんかお礼しなきゃね」
「じゃあ、バイト休みにどっか連れてってくださいよぉ」
「ハハ、いいよ。どっか行きたい所ってあるの?」
「島井さんの……、家……とか?」
由紀ちゃんはとんでもなく顔を真っ赤にしていたが、同じくらい僕も赤かったに違いない。
こうして僕たち二人は付き合うこととなり、一足早く授業の終わる由紀ちゃんは僕の帰りを部屋で待つようになった。
ちなみに裕美ちゃんは『島井さんを由紀に取られた』と言い残し、さっさとバイトを辞めてしまった。
*
バレンタインの夕方、僕は家路を急ぐ。電車から降りて自転車で十分も走れば家の塀が見えてくる。
「ただいまー!」
「大ちゃん、おかえりなさい」
優しい婆ちゃんが出迎えてくれる。ちなみに我が家は共働きなので、この時間家には婆ちゃんしかいない。
「由紀ちゃん来てるよー」
「あぁーうん……、知ってる」
僕は玄関を開けたすぐにある階段を上がり、二階にある自分の部屋へと急いだ。
ドアを開けると由紀ちゃんがテーブルで、ろくでなしブルースを読んでいた。
「ただいま」
「……おかえり」
僕はパンパンに膨らんだ鞄を後ろ手に隠すように部屋に入った。
だが、当然隠し通せるはずもない。彼女の視線はJK達の勇気でオーラを放つ僕の鞄に注がれ続けていた。
「ふ~、疲れたーー!」
敢えて大袈裟に腰を降ろし鞄をテーブルの影に置いた。なるべく手の届かない所へ、意識の及ばないその先へ……。
「ねぇ島井さん、これ」
「お、早速チョコレートですか松岡さん」
彼女らしいシンプルなリボンと包装紙を開けると、可愛らしいトリュフチョコレートが六粒入っていた。
「初めて作ったから失敗しちゃって。その中から出来の良かったチョコを六粒だけ……ごめんね」
「いやいやとんでもない! 嬉しいよ、本当に嬉しい。ありがとう由紀ちゃん」
僕はすぐにその中の一粒を口に含んだ。
「うん、美味い」
「ほんとう?」
「マジマジ、めっちゃ美味しいよ」
「ところでさー、今日学校で何個くらいチョコ貰ったの?」
「え、どうだろう……。数えてないからなぁー」
「その鞄、見てもいい?」
「うーん……。いいっちゃいいけど……」
「じゃあ見せて!」
由紀ちゃんは鞄を手に取ると、チャックを全開して勢いよく中身を絨毯にぶちまけた。
案の定チョコレートの山が出来てしまった。キラキラと光り輝く金の馬車。豪華な包装紙とリボン。ラブレターに、エトセトラ……エトセトラ……。
学校で逢えない不安。自分の作った物よりも立派に見えてしまうチョコレート達……。
重なったように押し寄せる嫉妬と侘しさのうねりに耐え切れず、由紀ちゃんは泣き出した。テーブルに突っ伏して、小刻みに肩を揺らしている。
何もできない僕は、ただひたすらにトリュフチョコレートを頬張るしかなかった。
こんなことなら……こんなことなら。
〈リーーン!〉
その時、一階の電話が鳴った。すぐに婆ちゃんの僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「大ちゃーん、でんわーー」
「今は出られないって言ってくれる? 後でかけるし」
「ちょっと待って……」
この取り込み中に一体誰なんだ。
「公衆電話だから、どうしてもお願いだってーー。須藤さんって人だよー」
須藤さん?……。 もしかして須藤先輩か。
――須藤香織。女子陸上部の部長であり短距離のエース。トラックを駆け抜ける凛とした姿に、男女問わず隠れファンの多い人だ。
部費のことや何やらで、会長として良く相談に乗っていた。僕は仕方なく突っ伏したままの由紀ちゃんを部屋に残し、電話口に出ることにした。
「もしもし?」
『もしもし島井君?』
「はい。……そうです」
『あのね、放課後急いで教室に行ったんだけど、もう島井君帰っちゃった後でさ』
「あ……はい」
『もうバレバレだと思うんだけど、チョコレート渡したくってさ、今から駅まで来られないかな?』
駅は駅でも、電車に乗って行かなきゃならない学校近くの駅のことだった。
「今はちょっと……。もう家に着いちゃってるしー」
『そこを何とかお願い! 伝えたい事もあるの』
「いぃーやぁー、さすがに今からはぁ……」
『どうして? ひと駅乗るだけでしょ? 昨日部活の後、島井くんの為に頑張ったんだよ』
言えない……。彼女が来てるからなんて残酷なことは、僕にはとても言えない。
でも、秘密にしている方がかえって残酷だとも思えるし。
ここは正直に打ち明けたほうが須藤先輩の為なんだろうか……。
作品名:JK達の勇気を食べて僕の虫歯は加速する 作家名:daima