JK達の勇気を食べて僕の虫歯は加速する
「生徒会長挨拶!」
背筋を伸ばし、センター分けの前髪を少しだけイジってから、目を刺す照明の光の中へと僕は歩み出した。
「皆さん おはようございます!」
僕の名前は島井大地。私立〇〇大学付属高校に通う十七歳の高校二年生だ。
後期の生徒会選挙で担任の保っちゃんに擁立されて当選。生徒会長の役に就いた。このまま三年生の前半までが任期だ。
で、保っちゃんの口説き文句がこれ。
「俺は島井をこのクラスの委員長にするために、川中先生に無理を言って引っ張ったんだ。そしてお前は見事にクラスをまとめて応えてくれた。今度は生徒会長として、学校をまとめてくれないか?」
すでに一年生で生徒会副会長を経験していた僕は、その勧めに応えることにした。特に部活にも入ってなかったし、信頼する先生にそこまで言われちゃあ……ね。
実は我が〇大付属高校は、僕が入学する前の年まで〇大付属女子高校だった。そう、つまり先輩は全員女子! 校内の勢力図は、圧倒的にJK勢力が握っていた。
この学校の教師達から生徒会への信頼はとても厚い。『自由に使ってくれ』と鍵付きの生徒会議室が与えられ、僕はそこで各生徒からの個人相談を受けたり弁当を食べたりしていた。
毎週の全校朝礼は会長の挨拶から始まる。『生徒会長挨拶!』パートナーの副会長が司会進行役、勿論JKだ。『島井先輩の彼女になら、なったげてもいいかな~』と言われたが、丁重にお断りした。
登壇した僕は一千人近い人間を見渡しひと呼吸、でも特に緊張はしない。慣れてくると、ステージの上から見えるのは個人個人の生徒や先生達という意識が薄れ、ただの景色となってくる。
そんな環境の中、今年も今日という日が来てしまった。二月の十四日、聖バレンタインデー。
藍色のブレザーを翻し真っ赤なネクタイをキュッと閉めて、僕はクラスの扉を開けた……。
「あ、島井君おはよう! さっき里美先輩が探してたよ」
「そ、そう? ハハ……なんだろうな」
「またまた~、とぼけちゃって!」
そりゃそうだ、バレンタインに女子から呼び出し。要件は一つしかないだろう……。
「あ!島大くーん、見ーつけた!おはよう!」
「……先輩、おはよう。何か用ですか?」
僕は一応聞いてみた。それにしても朝から何てテンションの高い人だ。
里美先輩とは出身中学が一緒だ。通学手段が電車である僕と同じな為、高校入学後に親しくなった。
「これ、受け取ってくれる? 手紙も入ってるから、後で読んでね♡」
「もしかしてチョコですか? ありがとうございます。嬉しいです」
ギンガムチェック柄で綺麗に包装されたチョコレートを、僕はロッカーの鞄にしまった。
それを見た周りのクラスメートは、特にリアクションする様子もない。バレンタインは、まだ始まったばかりだからだ。
「島井ー? 一年生のかわい子ちゃんが廊下で呼んでるぜ」
一時限目の授業終わり、また女子から呼び出しがあった。今度は後輩らしい。
廊下に出ると、僕は人けのない角まで二人組の一年生に誘導された。
そこには小柄な女の子が一人で待っていた。手には紙包み。後ろからJK応援団二人組の圧力が凄い。
無言のアイコンタクトが、僕の身体の左右を交差する。
「せ、先輩……。あの……」
「かのこ~、が ん ば れーー」
……聞こえてるし。後ろの応援団にも熱か入る。
「好きです!」
「ありがとう」
『キャー!!』
僕はニコッと笑って一言お礼を伝え、教室に戻った。そしてまたロッカーの鞄にチョコレートを入れた。
「島大ちゃーーん。また呼んでる! 今度は隣のクラスの吉川さん」
「あ、あー。ごめんごめん……」
なぜか謝ってしまった。
2時限目の授業終わり、休憩時間は特に短い。理由は簡単、音楽室に移動しなければならないから。
渡り廊下に呼び出された僕は焦っていた。生徒会長として授業に遅れることだけは避けたい。
「島井くん、あたし……。ずっとずっと島井君のことが好きでした!」
「ありがとう!」
金の馬車型のチョコレートを受け取った僕は、お礼だけを伝え小走りに教室に戻った。
それにしても金の馬車って、凄いチョイスだな。学校に持ってくるのも大変だったに違いない。
君の勇気に脱帽。僕は鞄のチャックを大きく開けてチョコレートをしまい、急いで音楽室へと向かった。
ここで後日談。
吉川さんの告白に『ありがとう』としか返さなかったことで、僕は後で隣のクラスのJK達にけっこう叩かれた……ようだ。直接ではない。
ちゃんと付き合えるのか付き合えないのか、はっきり答えて欲しかったらしい……。
でも、僕は付き合って下さいとは一言も言われていない。言われてないことには答えられない。
『好きです』そして『ありがとう』
どこか間違ってるのだろうか?
そして後日談後日談。
吉川さんに恋をした隣のクラスの谷山くんが告白をした。
「絶対に島井なんかより幸せにしてみせるから」
話したこともない谷山くん、君は一体僕の何を知っているというのだい? ……やれやれだ。
*
バレンタインのこの日、結局僕は合計十五個のチョコレートを持ち帰ることとなった。
告白まで至ったのが六人だから、半分は義理ということなのだろう。
全ての休憩時間をチョコレートを受け取る為に費やした時、ロッカーの鞄はパンパンに膨らんでいた。
今日はこれを持って電車に乗るのか……。
恥ずかしい……と言ってしまったら、込めてくれた気持ちと勇気に失礼だから言わない。
帰り道、いつもの無人駅に降り立った僕に、他校の女子生徒二人が話しかけてきた。全く知らないJK達だ。
「あの~」
「ん、なに?」
「私、○○実業高校の二年で飯田千春って言います。〇大付属の島井くんですよね?」
「え……そうだけど」
「私、朝の電車がいつも島井君と一緒で! これ、昨日頑張って作ってきたんです。食べてもらえますか?」
『もう入らないよ~』鞄の悲鳴が聞こえた気がした。
「勿論、ありがとう。寒いのに待ってたんだ?」
「は、はい。……それでぇ~」
「え? どうしたの?」
「い、一緒に、写真撮って貰っていいですか!」
なるほど、その為の友達だったのか。
友人JKはポケットからおもむろに使い捨てカメラを取り出して、僕たち二人に向けた。
僕はそっと鞄を後ろに置いた。これを一緒に写すのは、彼女にも学校でチョコをくれた女の子達にも失礼な気がしたからだ。
「ありがとうございましたーー!」
気持ちのいい笑顔を湛えながら、彼女たちは走り去っていった。スカートをなびかせながら駅の階段を一気に駆け上がり、最後に歩道橋の手前で嬉しそうに手を振ってみせた。
ふぅ~、何だか台風みたいな子達だったな。
おっと、こうしてはいられない。僕は早く家に帰らなければ。……何故なら。
――彼女が部屋で待っているから……。
そう、僕には付き合って半年になる彼女がいる。名前は松岡由紀子。僕とは別の、この街一番の進学校に通う高校一年生だ。
背筋を伸ばし、センター分けの前髪を少しだけイジってから、目を刺す照明の光の中へと僕は歩み出した。
「皆さん おはようございます!」
僕の名前は島井大地。私立〇〇大学付属高校に通う十七歳の高校二年生だ。
後期の生徒会選挙で担任の保っちゃんに擁立されて当選。生徒会長の役に就いた。このまま三年生の前半までが任期だ。
で、保っちゃんの口説き文句がこれ。
「俺は島井をこのクラスの委員長にするために、川中先生に無理を言って引っ張ったんだ。そしてお前は見事にクラスをまとめて応えてくれた。今度は生徒会長として、学校をまとめてくれないか?」
すでに一年生で生徒会副会長を経験していた僕は、その勧めに応えることにした。特に部活にも入ってなかったし、信頼する先生にそこまで言われちゃあ……ね。
実は我が〇大付属高校は、僕が入学する前の年まで〇大付属女子高校だった。そう、つまり先輩は全員女子! 校内の勢力図は、圧倒的にJK勢力が握っていた。
この学校の教師達から生徒会への信頼はとても厚い。『自由に使ってくれ』と鍵付きの生徒会議室が与えられ、僕はそこで各生徒からの個人相談を受けたり弁当を食べたりしていた。
毎週の全校朝礼は会長の挨拶から始まる。『生徒会長挨拶!』パートナーの副会長が司会進行役、勿論JKだ。『島井先輩の彼女になら、なったげてもいいかな~』と言われたが、丁重にお断りした。
登壇した僕は一千人近い人間を見渡しひと呼吸、でも特に緊張はしない。慣れてくると、ステージの上から見えるのは個人個人の生徒や先生達という意識が薄れ、ただの景色となってくる。
そんな環境の中、今年も今日という日が来てしまった。二月の十四日、聖バレンタインデー。
藍色のブレザーを翻し真っ赤なネクタイをキュッと閉めて、僕はクラスの扉を開けた……。
「あ、島井君おはよう! さっき里美先輩が探してたよ」
「そ、そう? ハハ……なんだろうな」
「またまた~、とぼけちゃって!」
そりゃそうだ、バレンタインに女子から呼び出し。要件は一つしかないだろう……。
「あ!島大くーん、見ーつけた!おはよう!」
「……先輩、おはよう。何か用ですか?」
僕は一応聞いてみた。それにしても朝から何てテンションの高い人だ。
里美先輩とは出身中学が一緒だ。通学手段が電車である僕と同じな為、高校入学後に親しくなった。
「これ、受け取ってくれる? 手紙も入ってるから、後で読んでね♡」
「もしかしてチョコですか? ありがとうございます。嬉しいです」
ギンガムチェック柄で綺麗に包装されたチョコレートを、僕はロッカーの鞄にしまった。
それを見た周りのクラスメートは、特にリアクションする様子もない。バレンタインは、まだ始まったばかりだからだ。
「島井ー? 一年生のかわい子ちゃんが廊下で呼んでるぜ」
一時限目の授業終わり、また女子から呼び出しがあった。今度は後輩らしい。
廊下に出ると、僕は人けのない角まで二人組の一年生に誘導された。
そこには小柄な女の子が一人で待っていた。手には紙包み。後ろからJK応援団二人組の圧力が凄い。
無言のアイコンタクトが、僕の身体の左右を交差する。
「せ、先輩……。あの……」
「かのこ~、が ん ば れーー」
……聞こえてるし。後ろの応援団にも熱か入る。
「好きです!」
「ありがとう」
『キャー!!』
僕はニコッと笑って一言お礼を伝え、教室に戻った。そしてまたロッカーの鞄にチョコレートを入れた。
「島大ちゃーーん。また呼んでる! 今度は隣のクラスの吉川さん」
「あ、あー。ごめんごめん……」
なぜか謝ってしまった。
2時限目の授業終わり、休憩時間は特に短い。理由は簡単、音楽室に移動しなければならないから。
渡り廊下に呼び出された僕は焦っていた。生徒会長として授業に遅れることだけは避けたい。
「島井くん、あたし……。ずっとずっと島井君のことが好きでした!」
「ありがとう!」
金の馬車型のチョコレートを受け取った僕は、お礼だけを伝え小走りに教室に戻った。
それにしても金の馬車って、凄いチョイスだな。学校に持ってくるのも大変だったに違いない。
君の勇気に脱帽。僕は鞄のチャックを大きく開けてチョコレートをしまい、急いで音楽室へと向かった。
ここで後日談。
吉川さんの告白に『ありがとう』としか返さなかったことで、僕は後で隣のクラスのJK達にけっこう叩かれた……ようだ。直接ではない。
ちゃんと付き合えるのか付き合えないのか、はっきり答えて欲しかったらしい……。
でも、僕は付き合って下さいとは一言も言われていない。言われてないことには答えられない。
『好きです』そして『ありがとう』
どこか間違ってるのだろうか?
そして後日談後日談。
吉川さんに恋をした隣のクラスの谷山くんが告白をした。
「絶対に島井なんかより幸せにしてみせるから」
話したこともない谷山くん、君は一体僕の何を知っているというのだい? ……やれやれだ。
*
バレンタインのこの日、結局僕は合計十五個のチョコレートを持ち帰ることとなった。
告白まで至ったのが六人だから、半分は義理ということなのだろう。
全ての休憩時間をチョコレートを受け取る為に費やした時、ロッカーの鞄はパンパンに膨らんでいた。
今日はこれを持って電車に乗るのか……。
恥ずかしい……と言ってしまったら、込めてくれた気持ちと勇気に失礼だから言わない。
帰り道、いつもの無人駅に降り立った僕に、他校の女子生徒二人が話しかけてきた。全く知らないJK達だ。
「あの~」
「ん、なに?」
「私、○○実業高校の二年で飯田千春って言います。〇大付属の島井くんですよね?」
「え……そうだけど」
「私、朝の電車がいつも島井君と一緒で! これ、昨日頑張って作ってきたんです。食べてもらえますか?」
『もう入らないよ~』鞄の悲鳴が聞こえた気がした。
「勿論、ありがとう。寒いのに待ってたんだ?」
「は、はい。……それでぇ~」
「え? どうしたの?」
「い、一緒に、写真撮って貰っていいですか!」
なるほど、その為の友達だったのか。
友人JKはポケットからおもむろに使い捨てカメラを取り出して、僕たち二人に向けた。
僕はそっと鞄を後ろに置いた。これを一緒に写すのは、彼女にも学校でチョコをくれた女の子達にも失礼な気がしたからだ。
「ありがとうございましたーー!」
気持ちのいい笑顔を湛えながら、彼女たちは走り去っていった。スカートをなびかせながら駅の階段を一気に駆け上がり、最後に歩道橋の手前で嬉しそうに手を振ってみせた。
ふぅ~、何だか台風みたいな子達だったな。
おっと、こうしてはいられない。僕は早く家に帰らなければ。……何故なら。
――彼女が部屋で待っているから……。
そう、僕には付き合って半年になる彼女がいる。名前は松岡由紀子。僕とは別の、この街一番の進学校に通う高校一年生だ。
作品名:JK達の勇気を食べて僕の虫歯は加速する 作家名:daima