おにごっこ
次の日、学校が終わって、玲奈は公園で一人加奈子(かなこ)と志保里が来るのを待っていた。三人で、公園でかくれんぼをして遊ぶのが日課になっているのだ。
(まだかなあ)
地面にたまった水たまりにうつる自分の顔を、軽くぱしゃっと蹴ったその時。
『おにごっこしよう』
再びあの声が聞こえた。
今度こそその姿を確かめようと、玲奈は急いで振り返った。
声の主を目の当たりにし、玲奈は固まってしまった。声の主は、恐ろしい鬼の面を身に付けていたのである。
しかし落ち着いてよく見ると、そこに立っていたのは玲奈と同じくらいの背丈の少年だった。少し汚れた白い着物を身に着け、手には数本の枝を持っている。
玲奈が半口を開けて見つめていると、少年が口を開いた。
『僕が鬼だよ』
その言葉にはっとして、玲奈が口をはさんだ。
「違うよ!」
玲奈の大きな声に驚いて、少年はおもわず身を引いた。
「鬼はジャンケンで決めるんだよ」
そう言って少年の手を引っ張るしぐさをして、ジャンケンをするようにうながす。準備ができたのを確認して、玲奈は元気よく腕を振った。
「じゃーんけーん、ぽんっ」
玲奈は自分のにぎられたこぶしを見て、まゆを寄せた。少年は開いた手の平をそのままに、玲奈の表情を見て少し焦っているようだった。
「うーじゃあ、私が鬼。そのお面貸して!」
『え』
「鬼じゃないのにお面おかしいよ」
少年はお面を取るのをためらっている。どうやら恥ずかしいらしい。少年は緊張する喉をごくんとゆらしてから、ゆっくりじらすようにお面をはずした。
栗色の髪がゆるい風に揺れる。少年の頬はほんのり赤く染まっていた。
「じゃあ十秒数えるから……」
「れな!」
今まさにおにごっこを始めようという時、名前を呼ぶ声に玲奈は振り返った。
見ると、加奈子と志保里がこちらへかけよってきている。
「あ、かなちゃん、しほちゃん」
「一人で何やってるの。雨降ってるよ」
「雨?」
はっとして、玲奈は少年の方を振り返った。少年は消えていた。
「はやく帰ろう、ぬれちゃう」
「うん」
加奈子に手を引かれ、玲奈は走り出した。
(雨嫌いなのかな)
「嘘だー」
いつものように公園に向かっていた玲奈は、途中加奈子と合流し、一緒に公園へと歩いていた。
「本当だよ、男の子とジャンケンしたの」
「あたし見えなかったもん」
「でもいたの」
昨日会った少年の話を加奈子にしていたのだが、彼女は霊感があるというわけでもなく、やはり信じてもらえなかったのだった。
「あっ」
公園に入ったところで、玲奈が声をあげた。そこには、昨日と同様、お面をかぶった少年が立っていたのだ。玲奈は少年にかけよっていった。
「ほら、いたでしょ!」
玲奈がふりむいて、嬉しそうに言った。逆に加奈子は、眉をひそめて怪訝な顔をしている。
「誰もいないよ」
「いるんだってば」
「やだ、気持ち悪い。あっち行こ」
加奈子は玲奈の手を引いて、その場を離れようとした。玲奈と少年が引き離される。
少年が、じっと加奈子を見つめる。
その時突然、強い風が加奈子を襲った。
「きゃっ!」
風に押されて、加奈子はその場に転んでしまった。痛みにうずくまる加奈子のひざから、血が流れているのが見えた。
「ふ……わああん」
すいりむいたひざを押さえながら、加奈子は泣き出してしまった。
「大丈夫?」
玲奈は慌てて加奈子のそばにしゃがみこんだ。加奈子の頭をなでながらふりかえると、少年は消えていた。
雨が、降り出していた。
翌日、玲奈と志保里は、学校を休んだ加奈子の様子が気になり、彼女の家を訪ねた。インターホンを押すと、中から加奈子の母親が顔を出した。
「遊べないんですか?」
一通り加奈子の母親の話を聞いた玲奈がたずねる。
「けがはたいしたことないんだけどね、泣いちゃったのが恥ずかしいらしいのよ。明日になれば大丈夫だと思うから。ごめんね」
申し訳なさそうに笑う加奈子の母にさようならを言って、二人は加奈子の家をあとにした。
玲奈と志保里は、とりあえず公園に向かうことにした。加奈子がいないことで生まれた陰を連れて歩いていると、玲奈の額にぽつりと水滴が落ちてきた。
「雨」
志保里が小さな手で雨を受けながら、空を見上げた。
「……帰ろうか」
「そうだね」
志保里の提案に、玲奈は迷うことなく返事を返した。
少年は、雨を避けるように木陰に丸くなって座っていた。