おにごっこ
六月。梅雨特有のじめじめした空気が肌をなでる。もちろん太陽は厚い雲に隠され、その姿を見ることはできない。今にも雨が降りそうな天気だ。
そんな空に下でも、子どもたちは遊ぶことをやめたりしない。
「れなちゃん見ーっけ」
公園に明るい声が響く。志保里(しほり)がのぞきこんだ場所には、玲奈(れな)が隠れていた。
「えーもう?」
「れなちゃん、隠れるの下手なんだもん!」
「……かなちゃんは?」
「まだだよ、一緒に探そう」
「うん」
そう返事をして、志保里についていこうとしたその時。
『おにごっこしよう』
心に直接語りかけてくるような声だった。玲奈はおもわず立ち止まる。同時にぽつりと雨が一粒落ちた。
玲奈はゆっくり、ゆっくりと振り返った。
振り返った先にあったのは、ただただ雨にぬれていく地面だけだった。
「れなちゃん、帰ろうよー」
雨はどんどん強くなり、もう遊んでいられる状況ではなかった。
「うん」
玲奈たち三人は、駆け足で家に帰っていった。
「ただいまー」
家に着き、家中に響き渡るくらいの声で玲奈が言った。
「おかえりー」
同じくらいの声で、居間の方から姉の美奈(みな)が返事を返した。
玲奈が居間にいくと、美奈は宿題をしている最中だった。玲奈が隣に座っても、ノートから目を離さない。
今年の四月で小学三年生になった玲奈の姉である美奈は、今年で高校三年生になった。二人は年の離れた姉妹である。
玲奈が美奈のノートをのぞきこみながら、口を開いた。
「あのね」
「ん?」
手を止めず、視線を移さず、けれどしっかりと玲奈の言葉に耳を傾けて、美奈が答える。
「おばけ見たかも」
「またあ?」
その時初めて美奈はノートから目を離し、玲奈を見た。おばけを見た、という玲奈の言葉にも慣れた様子だった。
「今度はどんな?」
再び手を動かし、美奈が問う。
「声しかわかんなかった」
「ふーん」
「でもたぶん私と同じくらい。男の子」
「男の子かーそうだね」
あごにペンを当てて考えるしぐさをしてから、美奈は立ち上がった。美奈が部屋の窓を開けたところで、玲奈も立ち上がり、窓際へと小走りに向かった。
「ほら、あそこ崖になってるでしょ」
美奈が指差した方向に目をやる。確かにそこは今にも崩れそうな崖があった。
「今の、梅雨の時期になると、雨で崖が崩れやすくなって、すごく危ないんだよ。ケガする人も多いし、死んじゃった人も……」
美奈は玲奈の頭をそっとなでた。
「気をつけてね」
雨は夜遅くまで降り続いた。