われらの! ライダー!(第四部)
「ええ、宿るものがなくなって、静御前の『気』は八幡宮の境内を彷徨っていたのね……そこへあたしが境内に……結界に足を踏み入れたものだから、あの巫女さんを媒介に選んで、あたしに訴えかけてきたの」
「ごめん、その辺りの歴史って、良く知らないの」
「うん……およそ千年前のことよ、静御前は源義経公と深く愛し合っていたことは知ってるでしょう? その義経公が兄である頼朝公に追われた時、山中で離れ離れになってしまってね、彷徨っていた所を捕らえられた静御前は、鎌倉に送られたの、そして、あの境内で頼朝公に命じられて舞った……その時詠んだ歌が、巫女さんの唇から出たあの歌よ……義経公を想う気持ちを歌にして、気持ちを込めて舞ったの、頼朝公は大層怒ったけど、静御前の一途な気持ちと見事な舞に感銘を受けた御台所に諌められて怒りを静めた……でも、静御前が義経公の御子を身ごもっていることは看過できなかったのね……産まれて来た子は男の子だったから、取り上げられて、この由比ガ浜に沈められた……」
「そんな……悲し過ぎる……」
「そう、子供を奪われ、殺された母親の悲しみと怨み……それは千年経っても癒えるはずもないわ……大銀杏に抱かれていれば、鎮まっていられたけど……それで、あたしに訴えかけるために、巫女さんに乗り移ったの」
「何か、心と心で対話しているように見えたけど、そう言うことだったのね」
「うん……もう一度鶴岡八幡宮に戻りましょう、やらなきゃならないことがあるわ、静御前と約束したの」
「わかったわ」
境内に戻ると、気を失っている巫女を介抱していた神職が晴子の顔を覚えていて、ロープの内側へ通してくれた。
晴子は倒れた大銀杏の切り株から芽生えた子銀杏の前に立ち、五茫星を描いた紙を張って呪を唱え始める。
ぶつぶつと呟くように始まった呪文だが、それは段々と熱を帯びて行く、晴子にとっても簡単な仕事ではないようだ……そして、晴子が『はあっ』と五茫星を指差した時、それは一瞬だがまばゆい光を放った。
晴子の様子を覗うと、精根尽き果てた、と言うように肩を落としている。
「終わった……静御前の『気』はこの子銀杏に宿ったわ、もう彷徨わないで済む」
そう言うと、大階段は昇らずに、下から拝殿に礼だけすると、ざわつく参拝者達を尻目にきびすを返す、いつの間にか除夜の鐘も打ち終えられていた。
晴子は、押し黙ったまま小町通りを駅に向かう。
ちょっと塞ぎ込んだような様子に、志のぶも声を掛けられなかったのだが……。
「あ、お汁粉屋さん」
「え?」
「晴子ちゃん、お汁粉、食べて行きましょうよ、彼、甘いものは苦手だから、一緒に歩いていても甘味屋さんは素通りなの、ね? 食べてこ♡」
「う……うん」
お汁粉を待つ間、晴子はようやく口を開いた。
「巫女さんの顔、鬼に見えたでしょうけど、あれって鬼子母神のお顔だったの」
「それって、鬼とは違うの?」
「元は人間の子供を攫う鬼だったけど、改心して母親と子供の守り神になった……ツノがなかったからすぐにわかったわ」
「そうだったんだ……」
「子を失った悲しみと頼朝公への怨みは消えていないわ、悲しみと怨み、それは陰の『気』よ……」
「そうでしょうね……でも、別な『気』も感じるって……」
「うん、最初は何の『気』かよくわからなかったけど……」
「でも、静御前は怨霊にはならなかった……それは晴子ちゃんが感じた別の『気』のせいね? それって何なの?」
「静御前は、もう二度と自分と同じような目に遭う女性が現れないことを強く願いながら亡くなったの、権力のために幼い命が奪われることがないように、母親が幼子を奪われて悲嘆にくれることがないようにって……それは『憂い』よ、陽の『気』ではないけれど、陰の『気』でもない……それがあったから静御前は怨霊にはならなかった、でも陽の『気』でもないから霊は鎮まらない、そして、人に害成すことを恐れて、大銀杏に宿してもらうことで自らを封印したの、でも子銀杏にはまだそれほどの霊力はないから、自らをそこに封印するには手助けが必要だったのよ……舞殿で頼まれたことは二つ、一つは由比ガ浜に沈められた子を供養してあげて欲しい、もうひとつは自分の抑え切れない『気』を、あの子銀杏に封じて欲しい……って」
「そうだったの……静御前って、きっと優しい人だったのね」
「そう思う、それなのに……」
「それなのに?」
「ウチの子供たちには、親に捨てられた子もいる……」
「あ……」
「むしろ、静御前には鬼子母神の姿を借りて子供を捨てる親を懲らしめて欲しい……あの時、ちょっとそんなことも思っちゃった……」
「……晴子ちゃん……」
「静御前はそんなこと望んでなかったのにね……」
「……でも……晴子ちゃんの気持ちはわかる気がする……」
「ありがとう……志のぶさん……でも、あたし、チラっとでもそんなことを考えちゃった自分が嫌で……子供を捨てた親だって、どうにもならない事情があって、子供の幸せを願いながら、身を切る思いで捨てたのかも知れないのにね……」
「そうね……」
志のぶはそれ以上言葉を継ぐことができず、しばしの間、重い沈黙が流れた。
しかし、幸い、その沈黙を暖かい湯気と甘い香りが救ってくれた。
注文したお汁粉が運ばれて来たのだ。
「わぁ、おいしそう!」
晴子は顔を上げて眉を開いた……可憐な顔に輝く笑顔が広がる。
「うん、寒かったし、ちょっとお腹も空いたし、こんな時はお汁粉よねぇ」
「うん……わぁ! 甘~い」
「う~ん! おいしいわねぇ!」
どれだけ重いものを背負っていても、晴子は若い女の子、甘いものを口にした時の心からの笑顔に、志のぶの心も軽くなる……そうだ、お土産に鳩サブレーを買って帰ろう、施設の子供たちの分も……。
子供たちの笑顔を思い浮かべると、心が弾んで来る志のぶだった……。
ライダー・シリーズ番外編・大晦日~新年特番 『静かなる舞』 終
作品名:われらの! ライダー!(第四部) 作家名:ST