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われらの! ライダー!(第四部)

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2.番外編:静かなる舞



(2016.12 お題:『魔法』 引き続き安部晴子の登場です、これは番外編、男どもは登場しません、大晦日用に書きました)


われらの! ライダー! 番外編 『静かなる舞』



 大晦日の夜十一時過ぎ、志のぶと晴子は鎌倉・鶴岡八幡宮の境内で肩を並べて、参拝の順番を待っていた。
 鶴岡八幡宮は本殿、拝殿に通じる大階段で知られている、一度に多くの参拝客が集中すると危険なので、大階段下にある舞殿の前にロープを張って入場規制しているのだ、とは言え、ここで待つことはさして苦にならない。
 鎌倉には幾多のお寺があり、八幡宮の境内にいても、そこかしこから除夜の鐘の音が響いて来る。
 除夜の鐘は人の煩悩を払うと言う、ショッカーとの戦いの日々で疲れた心を癒してくれるような、澄んだ、深みのある響き……志のぶは心洗われるような心地でいた、身に染み入る寒さもむしろ心地良く感じる。
 だが、同じ鐘の音を聞きながら、晴子は少し落ち着かない様子だ。
 
「どうかしたの?」
「……気のせいなら良いんだけど……」
 晴子は現代に生きる陰陽師、安倍晴明の末裔である。
 陰陽道では、万物は陰と陽、二つの『気』から生じるとされ、陰陽師はそれらを敏感に感じることができる、そして、呪術、占術を用いて災厄を回避することをその使命として来た。
 その晴子が何か嫌な『気』を感じるということは……。
「ひょっとして、ドゥーマンが?」
「ううん、陰陽師の『気』じゃないの、なにか別なもの……ずっと昔の、でもすごく強い『気』……深い悲しみと怨みを感じる……それと、何か別の『気』も……」
「昔って、いつ頃の?」
「千年くらい前……」
「千年? 『気』ってそんなに長く残るものなの?」
「陰の『気』が強く残ると怨霊になるの……」
「怨霊? 千年も続く程の悲しみが怨霊になったら……」
 志のぶがブルっと震えたのは寒さのせいばかりではない。
 形あるものの物理的な攻撃に対してなら、怖れは感じない、勇気を持って、しかも冷静に立ち向かえる、しかし、相手が怨霊となると話は別だ。

「あ……あの巫女さん」
 晴子の視線を辿ると、一人の巫女が大階段を降りてくるのが見えた。
「あの巫女さんが、何か?」
「彼女、おそらく霊感が強いのね、陰の『気』が彼女を選んで操ってる」
「怨霊に取り憑かれてるってこと?」
「ちょっと違う……『気』に突き動かされてる感じ……そもそも、その『気』は怨霊ともちょっと違うの、陰の『気』が強いのは確かだけど、そればかりじゃない」
「陽の『気』も感じるってこと?」
「それとも違う……陰と陽、二つの『気』が揃えば怨霊にはならないわ、陽の『気』じゃない、何か別の『気』を感じるの」
「……危険が?」
「わからないけど……邪悪な感じはしないわ」
「でも、目を離さないほうが良さそうね」
「うん……」

 巫女は静々と舞殿に上がる。
 参拝客は何が始まるのかと、期待をこめて彼女を見つめている。

「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」

 巫女は声高らかにそう詠むと、静かに舞い始める。

「……静御前……」
 晴子がそう呟いた。
「静御前?……そう言えばここって……」
「あたしがここに来たのがいけなかった……」
 晴子が呟いた。
「え?」
「きっと、静御前の『気』が、あたしの、陰陽師の『気』を感じて動き出したんだわ」
「そんな……晴子ちゃんのせいじゃないわよ……」
 晴子には、蘆屋道満の血を引くアシャード・ドゥーマンとの戦いで助けてもらっている、正義のために共に戦ってくれたのだ、その晴子が、怨霊を呼んだなどとは思いたくない、だが、晴子は常人と違っていることもまた確かなこと……。
 志のぶの気持ちは乱れた。

 静かに始まった巫女の舞は、徐々に熱を帯びて来る、そして……。

「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」

 そう詠むと、あろうことか、巫女は見る見る内に鬼の形相に変わって行くではないか!
 始めは寒い中立って待っている参拝客へのサービスか? と眺めていた人々も騒然とし始める。

「晴子ちゃん……あっ」
 志のぶも巫女の変化に気を取られていた……その間に、晴子は既に舞殿に上ろうとしていた。
 そして、鬼と化した巫女が、晴子を認めてカッと口を開けると、その中にはちろちろと燃える火が……。
 晴子は陰陽師、しかし、身体能力的にはごく当たり前の若い女性だ、もし鬼が物理的攻撃を仕掛けて来たら危険だ……志のぶは舞殿に駆け寄ろうとするが、人垣で上手く進めない。

 しかし……鬼は晴子に襲い掛かろうとはしなかった、二人は舞台の上でしばし向かい合っている……隙を覗って対峙している様子ではない、心と心で何かを語り合っているような……。
 しばらく向かい合った後、晴子は小さく、しかしはっきりと頷き、宙に五茫星を描いて呪を唱える、すると、鬼はばったりと倒れ、その顔は見る見るうちに元の巫女に戻って行った。

「晴子ちゃん!」
 ようやく舞台に辿りついた志のぶが晴子を呼ぶと、晴子は振り向いてさっと舞台から飛び降りた。

「今、何が起きたって言うの?」
「説明は後で……静御前と約束したの、今から由比ガ浜へ行きましょう」
「……由比ガ浜?……海岸へ?」
「そう、あ……お線香が手に入ると良いんだけど……」
「一束で良ければ持ってるわ、マッチもよ、帰りにどこかのお寺に寄って、おばあちゃんに手向けようと思ってたから」
「良かった! それ、借りて良い?」
「もちろん構わないけど……どういう事?」
「それは道々話すわ、早く行きましょう」
 意味がわからないが、陰陽師たる晴子の言うことだ、従った方が良いのは間違いない。
 由比ガ浜へ向かうには、人の流れとは反対方向に進まなければならない、しかし、くの一である志のぶは人の動きを読むことができる、晴子をかき抱くようにして、人の波を縫うように若宮大路を由比ガ浜目指して逆走して行った。


「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色……」
 由比ガ浜の砂浜に線香を立てると、晴子は一心に般若心経を唱え始める。
 陰陽師は僧侶ではないが、おそらく両親を同時に亡くした際に憶えたのだろう。
 般若心経なら、志のぶも祖母の墓前で唱えるためにそらんじている、二人は線香が燃え尽きるまで般若心経を繰り返し唱和し続けた。

 線香が燃え尽きると、晴子は宙に漂う『気』に神経を集中する……。

「良かった……鎮まってくれたわ……」

 晴子がようやく肩の力を抜いて、そう呟く。
 海岸にはカウントダウンで一騒ぎしようと若者たちが集っていて、『何が始まったんだ?』とばかりに二人を取り巻いていたのだが、その人の輪も自然と解けて行った。

「どういう事? 説明してくれないかしら?」
 志のぶが穏やかに訊くと、晴子はようやく訳を話し始めてくれた。

「大銀杏よ」
「大銀杏? 何年か前に倒れたって言う、あの銀杏?」
「そう……あの大銀杏は、静御前の深い悲しみと怨みを、千年の間、ずっとその胎内に宿し、封印していたの」
「それが倒れたから……」