貴方に逢えて
7
闘病している
同僚に対し
何も出来ない
それは変えられぬ事実
だからと言って
何もせずに
メソメソ泣いていて
いいのだろうか
そんな麻衣を見て
斉藤は 微笑んで
くれるのだろうか
同僚の痛みを
分かち合える事は
無理だとしても
遠く離れていながらでも
同僚の快気を
願う事が出来るはずだ
今度は麻衣が
励ます番でなければ
いけない気がした
五体満足で
自分で何でもすることが出来るのに
何もしない麻衣
脳裏に浮かんだ文字は
時間ばかりを
無駄に過ごし
傷つく事を恐れ
恭一に 伝えない
”片想い”
決断をする事をしない
曖昧な感情で
いられるのも
余裕と言う
余分な時間が
多過ぎるからだ
刻一刻を闘っている斉藤を
励ます自分自身が
逃げてばかりで
いいのだろうかと
そんな曖昧な生き方をして
励ませる自覚が
持てるのだろうかと
斉藤の前では
正々堂々と
胸を張っていたい
複雑な心境のまま
偽りの笑顔を
向けたくはない
”振られたって いいじゃない”
傷ついたっていい
もう二度と
先輩後輩に
戻れなくてもいい
怖気付いて
何もしないより
悶々と悩み続けるより
ずっといいはず
今まで 隠してきた心は
闘わなかった証拠
負けるのを解っていて
勝負に出なかっただけの事
癌と言う病気と
闘っている斉藤は
麻衣より遥かに
素晴らしい人に
思えた
命懸けの勝負に
挑んでいる斉藤と
比べてしまえば
ほんの些細な恋心
だけれど
きっと斉藤ならば
負けはしない
斉藤の勝負は
必ず勝つと
信じてる
きっと上司に怒られた時のように
涙も流さず
奥歯を噛み締めて
闘っている気がする
本当に”男らしい”のは
斉藤の方
”女々しく”しているのは
麻衣だと 気づかされた
数日 斉藤の事ばかりで
笑顔すら忘れていた
鏡に映る麻衣は
赤く腫れた瞼が重く
充血した瞳が
濁りきっている
こんな顔で
斉藤には逢えないと
麻衣は頬を叩いた
”しっかりしなくっちゃ”
叩いた頬の痛みが
今を生きている証拠になる
私も斉藤のように
強くなりたい
このままじゃ嫌
都合よく逃げてばかりなんて
絶対に嫌
「変わりたいよ」
斉藤の顔を想い描き
そして 斉藤に誓った
喩え 一人よがりだと
解っていても
斉藤に誓いたかった
自分勝手な片想い
彼女がいる事も
解っている
麻衣に告白をされ
恭一が困る事も
解っている
職場でも
雰囲気が変わる事も
お互いが居ずらくなる事も
心を知られ
隠せない事も
すべて解っている
それでも
確かに抱いている恋心に
嘘 偽りはなく
貞操のいい先輩のままでは
いたくない
”変わりたい”
何もかもを
失ったとしても
この片想いと
終止符を打ちたい
合同班の仕事が入り
現場に着いた時
何も知らない恭一が
トラックの横で
仲間と笑っていた
恭一が 麻衣に気づき
いつもと同じ笑顔を向ける
心臓が張り裂けるほど痛い
このまま
先輩後輩のままでいては
いけないのだろうかと
一瞬 迷ってしまうが
耳の奥で破裂する
高鳴る鼓動音を聞きながら
意を決して恭一に声を掛けた
「仕事終わり 時間ある?」
恭一は 笑顔のまま
「俺 今日 手持ちないっすよ
麻衣先輩の奢りっすか?」
麻衣は引き攣る笑顔を
必死で繕い
「話があるのよ」
それだけを伝え
恭一に背を向けた