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貴方に逢えて

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6





慣れない新居地
それでも数名
顔馴染みの社員がいる


若干 異なる
作業手順は あるものの
苦になる程の職場ではない


相変わらず
パートさん達には
振り回されるが


下手に出ていれば
何処でも同じようなもの


与えられた仕事を
コツコツとこなせば
煙たがれる事もない


やりがいのある
専門職で良かったと
改めて麻衣は
実感していた



支店は違っても
大きな現場に入れば
恭一とも逢える


支店同士が
共同作業で
仕事をやるからだ


何も変わらず
先輩後輩として
話が弾む


多少なりとも
合同班の仕事が舞い込むと
浮かれる事はあっても


逢えないと
寂しがる程
不安定にならないのは


やはり
いつか逢えると
解っているからなのでしょう



傍に恭一が いない事で
悩まなくて済む時間が増える


偽っていなくても
素のままの自分で
日々を送れるのは


麻衣にとっても
安易な片想いでいられる


多分 胸の何処かで
恋心を悟られてしまう不安と
何時まで隠し通せるか
解らない不安から
解消されたからなのでしょう


暢気な片想い


所詮 無理だとまで
恋心すら
見て見ぬふりをした


何時しか傷つく恋で
終わるくらいなら


綿毛に包まれた
安全地帯の中で
埋もれていたいとさえ
想い始めていた



現場から戻り
事務所で着替えていると
聞き覚えのある
人物の名前が耳に届いた


その人物は
麻衣の同僚の
名前だった


入社して何年になるのだろう


入社した当時は
慣れない者同志
よく話をしたものだ


そこそこ仕事を
覚え始めた頃
別の支店へ同僚が移動になってから
あまり顔を合わせる事も
なくなっていた


軽作業班の麻衣と違い
事務職の同僚は
現場に出る事はなく


次第に連絡も
取り合わなくたっていた




麻衣は 懐かしい名前に
興味が湧き上がり
思わず会話へ口を挟んだ


「その人 私の同僚なんですよ」


笑顔で話し掛けた麻衣とは逆に
一瞬 会話が止まった


何か不味い話でも
していたのかと
事務員達の反応を見て
麻衣は 瞬時に
笑顔を引き攣らせる


互いの顔を見合す事務員達


長年 勤めている事務員が
意を決したように
口を開く


「麻衣ちゃんは 知らなかったよね」

「何の事ですか?」


何とも言えぬ空気が
事務所の片隅に
漂いだしていた



不審がる麻衣の顔を見て
誤魔化すように
愛想笑いをする事務員は
会話の内容を無視した話題に
切り替える


「そっか 麻衣ちゃんは
 斉藤さんと同僚なんだ
 結構 長く働いてるのね」


繕って話す言葉が
余計に不安を掻き立てられ
麻衣は 食い下がれなくなり


「斉藤さんに
 何か あったんですか?」


直球で聞き返していた


同じ会社の職員
業務内容は違っても
同僚は同僚だ


知る権利はあると
判断した事務員は
言葉を濁す事なく
有りの侭を伝えてくれた


「斉藤さん
 体調が良くないらしいの
 今は病院に入院しているわ」


意標を突かれた”入院”の言葉に
麻衣は 絶句するしかなく
同僚の容態を知らずにいた事が
情けなく思えた




斉藤が抜けた支店へ
配属された事務員が
連絡を廻してきたようで


急遽欠員が出来た
この支店に
麻衣は移動してきた事を知った


麻衣は 会社内部の事も
何も知らされずに配属されたのだ


人事課の配慮なのか
接点のない事務職関係とは
無縁だと思ったのか


現場に出てしまう
軽作業員の麻衣には
斉藤についての情報が
流れてくる事もなく


麻衣自身も
音信不通のまま
連絡を途絶えていた事も
知らなかった原因のひとつでもある


会社ばかりを
責める訳にもいかなかった




後悔しても
遅すぎるが
ただただ後悔が募り


今すぐにでも
同僚の病院へ
駆けつけたくなる


謝って許されるなら
何か麻衣に出来る事はないか
気ばかりが焦った


「病院は 何処ですか?」


事務員は 伏せ目がちの表情で
小さな溜息を漏らし


「お見舞いに行けないのよ
 集中治療室に入ったみたい」


麻衣は 腰が砕けそうになり
よろめく足で踏ん張ってみたが
気が遠のいてゆく


「…そんなに悪いの?」


知りたいけれど
知りたくない恐怖が
麻衣を襲った



同僚の病名は
”癌”


若いだけに
進行が早いと言う


面会すら
身内以外
出来ない状態らしい


不意に飛び込んできた
同僚の話は
とても信じられる事実では
なかった


血の気の引いた
真っ青な顔で
事務所を出る麻衣に


「大丈夫?」と
声を掛けられたが


どれほど 自分が
ショックを受けているのか
麻衣自身は
茫然としていて
気づきもしなかった




帰宅道中の車の中


無意識に流れる涙が
何を示しているのだろう


哀しくて泣いているのか
悔しくて泣いているのか
寂しくて泣いているのか


麻衣自身でも
解らない感覚


ただ心が押し潰されそうで
心が泣いているのだろう


ハンドルを握る腕が
ガクガクと震えだし


麻衣は 車道脇に
車を停車した



斉藤は 朗らかな人だった


慣れぬ仕事で
小さなミスを指摘され
頭ごなしに上司から
罵倒を浴びた斉藤は
俯いたまま歯を食いしばり
涙を堪えてる姿に
胸を撃たれたものだ


帰りに立ち寄った居酒屋で
愚痴でも聞こうと思っていたが
斉藤は 愚痴すら零さず


「怒られないと
 覚えられないから
 感謝してるよ」


若干 のんびり屋の斉藤は
覚えが悪い自分を
照れ臭そうに
笑った


真逆のように
気が強い麻衣は
当人でもないクセに


「でも あそこまで言わなくても
 いいじゃないね」


斉藤の分まで
怒りを吐き出していた




「麻衣が 怒る事
 ないじゃない」


嬉しそうに微笑んだ斉藤


気を許せる
同僚だった事は
言うまでもなく


愚痴を聞こうと
居酒屋に誘った麻衣は
いつしか酒も進み
麻衣の方が愚痴を零し始め


細々とした不条理を
愚痴っていると
斉藤は笑顔を崩さず


「麻衣だから出来る仕事だよね
 私には とっても無理
 三日で辞めてたかも」


軽肉体労働とは言え
男性と混ざり働く職場


麻衣は”男らしく”
この仕事に誇りが持てたのは
斉藤の言葉があったからなのだと


思い出していた



気がつくと
涙も乾き


赤いテールランプが
帯状になって
通り過ぎる車を
眺めていた


小一時間近く
車道に停車していた麻衣


カチカチと音を刻む
ハザードのリズムが
斉藤の鼓動に聞こえ


癌と闘い
生きている斉藤を想い


こんな場所で
泣いてる場合ではない
再度 溢れてくる涙を拭い
アクセルを踏み込んだ


作品名:貴方に逢えて 作家名:田村屋本舗