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貴方に逢えて

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3





憧れと言う
都合のいい感情に
恋心を隠していた


恭一を見るたび
胸が弾み


彼女がいる事を
知った上でも


恭一と話が
したいと思う


恋ではないと
胸に膨らむ愛情を
否定し続け


同じ職場の先輩後輩として
貫き通す事が


恭一と唯一
気兼ねなく
話せる時間だった


先輩後輩の距離が
縮まれば縮まる程


他愛ない会話から
身の上話に変わる


麻衣から聞き出す
恭一の彼女の話


彼女の話を聞く事で
距離が縮まるにつれ


恋愛感情を
押し殺す


それでも良かった


恭一の声を
聞いていられるならば


遊びの恋など
経験のない麻衣


器用な恋愛を
望んでいる訳でもなく


振り向かせたいと
願った事もない


ただの”憧れ”


それだけでいい


なのに何故
胸が苦しくなるのでしょう


”小さな恋心”


単純な片想いなら
此処まで
胸を痛めたでしょうか


逢いたいと願い
逢えたと喜び


心をときめかせていられたら
どれほど 輝いていられたでしょうか



”愛しては
いけない人”



麻衣の心に掛かる
ストッパーが


いつしか胸に
突き刺さる


後輩のまま
無邪気に笑う恭一の笑顔に


揺れ動く


憧れは 憧れではなく
確実に恋心を
育み始めるのが


複雑な心境を作り上げ
ストッパーが
重い碇に思えてきた



そんな時
厄介な現場に配属され
麻衣の心境も
苛々を募らせていた


”一人暮らしの独身者”


引越し業者任せで
何ひとつ片付ける事のない
荒れ果てた部屋


依頼された部屋へ
訪れた時


異様な匂いと共に
ゴミの散乱する状態の部屋に
誰もが 顔を歪めた



流し台の中には
カビだらけの食器で埋もれ
梱包の作業前に
食器洗いから
はじめなければならず


あちこちから
湧いて出てくる
虫の死骸に


身震いをしながら
何とも言えぬ悲鳴が
漏れ出す


正直 気分のいい現場ではない


電話一本で
引き受けてしまった会社にも
落ち度があるのは
否めない事実


厄介な客か
そうでないかは
指定された日に
現場へ入らない限り
解らないのも事実だ



愚痴を零しても
部屋の様子が
変わる訳でもなく


ブツブツと文句を言う
パートのオバサン達も
口数が減ってゆく


誰もが 煮えくり返る腹で
黙々と作業をしなければならない


重量班の男性陣から
露骨に不満の声が響いたのは
冷蔵庫を持ち上げようと
僅かばかり傾けた冷蔵庫から


得たいの知れない
ドロリとした濁った液体が
流れ出した時だった



コンセントの抜かれた冷蔵庫


作業中 扉が開かぬよう
設置したロープを外し
冷蔵庫を開けると


異様なまでの腐敗臭が
部屋全体に漂った


依頼主は 短くても数週間
この部屋へ戻ってくる事はなく
別の場所で生活していたに
違いない


電気代を節約する為に
何時 購入したかも解らない食材を
冷蔵庫へ放置したまま
コンセントを抜いたのだろう


作業員の誰もが
吐き気をもよおす
凄まじい光景に


うんざりした事は
言うまでもない



嵌めていた軍手に
液体が染み込んだ作業員が
軍手を床に叩きつけ


怒りのまま
剥き出しの感情を
曝け出す


「どうすんだよ これ!!」


正直 誰ひとり
身動きが取れず


そして誰ひとり
目を伏せがちに
合わせようともしなかった



誰もが やりたがらない作業


だけれど
誰かがやらなければ
作業は 終わらない


このまま 異臭の冷蔵庫を
放置する訳にもいかず
麻衣は 洗っていた食器を
流し台に戻し


「いいよ 私が やる」


消臭洗剤とバケツを持ち
何度も 嘔吐を誘う嗚咽をしながら
魔窟のような
冷蔵庫に挑んだ



悪臭を纏っての作業は
麻衣自身にも蔓延るような
強烈な匂い


寝癖で跳ねた髪も
朝方 浴びたシャワーで
綺麗に直し


ほのかに香っていた
清潔な石鹸の匂いが
次第に薄れてゆく


生臭い異臭が
麻衣に降り注ぎ
辛い作業より
悔しくなった


何故 こんな作業を
私がやらなければ
ならないのだろうと


名乗り出て起きながら
辛く哀しくなった



当然 染み付いた臭いは
麻衣の髪にまで残り


新しい部屋へ
家具を配送したとしても
麻衣の乗るトラックの中は
いつまでも異臭が漂い続け


誰も何も言わないけれど
不快な思いは持続する


衣服用の消臭剤を
頭から振り掛けたとしても
一瞬だけ 匂いが誤魔化されるだけで


仕事が終わるまで
幾ら鼻が慣れたとしても
滅入ってしまった気持ちは
取り戻しようがなかった



こんな時に
恭一の言葉は
聞きたくもなく


麻衣の存在自体を
消してしまいたくなる


異臭を身に纏い
半端なく卑屈になっている麻衣に
それでも 臆する事なく
近寄ってくる恭一


それが 恭一の優しさだとしても
受け入れられない
荒んだ心


無邪気な笑顔すら
まともに見る事が
出来なかった



気を遣う恭一の言葉は
麻衣を褒め讃える言葉であっても


麻衣の心は
深く傷つく


「男前やな」


誰もが嫌がる仕事を
率先してやった麻衣への
褒美だとしても


恭一から発せられた
”男前”の意味が


女性として見られていない事に
ただ打ち砕かれた


先輩後輩として
意識した上で
男らしく振舞ってきた麻衣にとって


”男前”の言葉が
自業自得のような気がして
情けなく落ち込んでしまった


作品名:貴方に逢えて 作家名:田村屋本舗