貴方に逢えて
9
薄暗い駐車場
麻衣の車が
駐車場の角を曲がると
恭一の車のライトが
点燈する
車を停車した麻衣が
車から降りる姿を見て
恭一が車のドアを開けた
何も伝えなくても
行動を予測する恭一
解り合えた
信頼関係
だけれど
これから起きる行動は
予想不可能でしょう
「ごめん 待った?」
暗がりの中
引き攣った顔が隠せるのは
麻衣にとっても
好都合だが
麻衣の車へ
近づいてくる恭一の姿が
車のライトに照らされ
浮き上がり
緊張からか
ガクガクと震える足が
止まらなくなった
恭一と対面となり
何故かしら
言葉が出てこない
暗闇の駐車場が
これほどまで
静寂な場所だと
思わなかった
ピンと張った糸のように
硬直する空気
まるで時が
止まっているようだ
それでも
カクカクと振り子のように
恭一だけが動いて見える
徒ならぬ雰囲気に
恭一は気づいて
いるのでしょうか
照らし出したライトの中へ
恭一の輪郭が
くっきりと現れ
いつもと同じ笑顔
いつもと同じ声
何ひとつ変わらぬ
恭一が居る
麻衣は これ以上 近づかないでと
必死で声を張り上げた
「話が あるの!」
恭一は目を細め
優しい笑顔を作り
「知ってますよ」
張り裂ける鼓動が
息苦しくなる
極度の興奮状態に
涙が溢れそうだ
でも 此処で泣いたら
泣き落としになってしまうから
涙を流す訳にはいかない
麻衣は大袈裟な深呼吸をして
気丈な顔を作り直した
「一度しか言わない
だから ちゃんと聞いて」
若干 気迫にも似た
麻衣の強い口調に
一瞬 立ち止まった恭一から
笑みが 消え去ってゆく
僅か数秒の間合いが
異常に長く感じる
恭一は何かを感ずいたように
そこから先は
言葉を出さず
麻衣の話を聞く体制を
整えはじめ
長い長い長い沈黙すら
無駄口を挟まずに
向き合ってくれている
どこまで優しい人なのだろう
恭一を好きになって
後悔はしていない
この優しさが
喩え 恋ではなくても
心が癒されてゆく
このまま 恭一の優しさに
ただ包まれていたいけれど
隠し事が永遠に続くなら
終わりにしなければ
麻衣は再度 深呼吸をして
迷い抜いた言葉を告げる
決意をした
理屈なんて いらない
自分の身を守る
補足の言葉も
いらない
初めての告白は
素直が一番届くはず
「恭一が 好きです」
それだけでいい
上手く言えただろうか
無反応の恭一に
伝わっただろうか
呆気ない程
短い告白だけれど
麻衣なりに考え込んだ
言葉だ
不思議と伝え終えてしまえば
沈黙すら怖くなく
いつもの麻衣に戻ってゆく
「ちょっと 聞こえた?」
やや放心状態の恭一が
複雑な顔をしている
笑い飛ばされなかっただけ
麻衣は後悔をせずに済んだ気がした
「話は それだけ」
”もういいよ
解放してあげる”
麻衣は”男前”らしく
立ち去ろうと
恭一から顔を背けた時
恭一が声を発した
恭一の言葉は
どんな言葉よりも
暖かく優しい言葉
「一日 考えさせてくれ」
麻衣の言葉を
受け止めてくれた証拠
無駄ではなかった告白
たった一日でも
真剣に考えてくれる
恭一の心が嬉しい
麻衣は最高の笑顔で
恭一に返事をした
「ありがとう」
そして 恭一も
最高の笑顔を作り
麻衣に返した言葉は
麻衣の告白を救う
優しい言葉だった
「ありがとう」