笑いの神
そういってドンドン先に歩いて行く。仕方ないので覚悟を決めて後を付いて行くことにした。男は歩きながらも時々振り返り
「きっと師匠に喜んで貰えると思いますよ」
そんなことを言って俺を安心させようとしていた。
どれぐらい歩いただろうか? 随分歩いたと思えばそんな感じがするし、短かったと言えばそんな気もする。男はある建物の前で止まった。
「ここですよ師匠」
そう言って右手で指し示したのはどう見ても寄席だった。おかしい、この辺りには俺が出演している寄席以外は無いはずだった。第一、都内に寄席は四軒しかない。国立演芸場を入れても五軒しかないのだ。
寄席の入り口には噺家の名前を書いた木札や提灯で埋め尽くされている。その名前を見ながら気がついたことがあった。出演している噺家の名前が随分古いと思った。春光亭朝太、確か俺の師匠が今の名前を襲名する前の名だ。それに亡くなって随分経つ大師匠春光亭光春の名もある。この春光亭光春というのは逆さに読んでも同じなので代々目出度い名前とされている。今はこの名は空席となっている。だから出演する訳がないのだ。いったい何時の時代なんだ。
「驚きましたか? 中に入ってみればもっと驚きますよ。さあお入りなさい。この寄席にはテケツ(切符売場)はありませんから」
気がついて見てみると確かに窓口はなかった。ふらふらとそのまま中に入って行く。入り口を入ると小さなソファーが置いてあり、その先はもう客席に入る扉があった。その扉を引き中に入っる。ほぼ満員だが不思議と立っている者はいない。自然と一番後ろの端の席に腰掛けた。高座では子供の頃にテレビで見た手品師が手品をしていた。懐かしい、あの頃は夢中で見ていた。
手品が終わると知った出囃子が流れて、前座さんが出てきて高座返しをして出演者を書いためくりを捲った。出て来た名前は「光春」と書かれてあった大師匠だ!
高座の袖から大師匠がゆっくりと歩いて出て来た。俺の知ってる大師匠ではなく、もっと若い頃の大師匠だった。歳の頃から言うの今の俺とそう変わらない歳頃だと思った。
「え~ようこそのお運びで御礼を申し上げます。良く疝気(せんき)は男の苦しむところ悋気は女の慎むところ等と申しますが……」
これは「悋気の火の玉 」という噺の出だしだ。かって名人で、黒門町と呼ばれた八代目桂文楽師匠が得意としていた噺で、師の生前時は誰もやり手がなかったというぐらいの噺だ。それを大師匠は平然と高座にかけていた。
この噺はヤキモチ焼きの奥さんとお妾さんが共に亡くなってしまったのだが、亡くなってからも火の玉となって喧嘩をしているというので、旦那がその仲裁に赴くのだが、その時に煙草が吸いたくなり火を借りようと最初はお妾さんの火の玉に借りる。もう一服というので今度は奥さんに借りようとするのだが、火が付く寸前で奥さんの火の玉が逃げてしまう。どうしたのかと尋ねると奥さんの火の玉が「どうせあたしのじゃ美味しく無いでしょ。ふん!」
と下げる噺である。大師匠は若いが流石に上手い。この難しくも馬鹿馬鹿しい噺を上手に進めて行く。俺は改めて大師匠の力量に舌を巻いた。俺もこの噺をやるが、とてもここまでは出来ない。
呆然としているうちに大師匠はサゲを言って高座を降りてしまった。俺は直ぐに楽屋に直行しようとしたが、あの男に止められた。
「何処に行くのですか?」
「いや、大師匠に挨拶に」
自分で言って気がついた。俺が入門した頃は大師匠はもうかなりの歳だった。あんなに若くはない。
「そうか……俺なんか生まれていない頃なんだ」
「ま、そのあたりの解釈はお任せしますが、今の光春師はあなたのことは全く知りません。それだけは確かです」
俺もそのことに気がついた。その時、寄席では滅多にかからない出囃子が鳴り響いた。この出囃子は名人の享楽亭遊楽師の出囃子だ。それも今のではない。歴代が名人揃いと言う享楽亭遊楽師だがその中でもとりわけ名人の名を欲しいままにした先代遊楽の出囃子だった。俺はこの時体が震えて来て、膝頭が止まらないほど揺れてしまっていた。
「もしかして、先代……」
「さすがですね。そうです。今日はこれを見せたくてお連れしました。どうぞご覧なさい」
そう男は言うと何時の間にか姿が消えていた。俺はそれを呆然しながらも気持ちは高座に向いてしまっていた。もうすぐ歴史上の名人の高座を見られるのだ。噺家として笑いに関わる者としてこれが興奮せずにいられようか。
出囃子に乗って先代遊楽師が登場する。それまで静かだった客席が一瞬で沸騰したように沸き返る。それはこれからどんな素晴らしい噺を聴かせてくれるのかという期待と興奮なのだ。今でも大看板の師匠が出た時は似たようになるが、ここまでではない。
「待ってました!」
「名人!」
「たっぷり!」
幾重にも声がかかる。その中を遊楽師は悠然と歩いて座布団の上に座った。
「え~、噺家として声をかけて戴き本当にありがとうございます! この声ってものは本当に嬉しいものでございますよ」
客席を笑わして枕に入る。
「昔は浅草の北方に吉原という大変素晴らしい場所がありまして、余りにも素晴らしいのでそこに行った者は帰って来られなかったなんてお話がありまして、なかんずく若旦那と世間で呼ばれるようなお人は、もう何日も居続けなんかしまして、それが幾度も繰り返されるとさすがに親戚一同が集まりまして親族会議となります」
ここまで聴いて夏の人情噺「唐茄子屋政談」だと直感した。この後若旦那は親戚の忠告を聞かず。勘当になってしまう。だがどこも頼れる身がないことが判り身投げしようとした所、本所の伯父さんに助けられる。この伯父は一番若旦那のことを心配してくれたのだった。
伯父の忠告で翌日から唐茄子売りとして働く事になった若旦那。慣れないながらも手伝ってくれる人も現れて何とか売って歩く。昼になって長屋に売りに行くと貧乏で困っている母子を見て、可哀想になり、それまでの売り溜めと残った唐茄子をあげて帰って来てしまう。疑った伯父さんに事情を言って、伯父さんと二人で確かめに戻って来ると、長屋は大騒ぎ。訊くと若旦那があげた売り溜めの金銭を大家が全部持って行ってしまったという。女将さんは若旦那に申し訳ないと首をくくってしまったのだと言う。その騒ぎの真っ最中だった。
事情を聴いた若旦那は大家の家に乗り込んで行き、大家を懲らしめるのだった。このことがお上に判り大家はきついお仕置きを受け、女将さんは一命を取り留めたと言う。またこの善行が親の知れる事になり勘当が解かれると言う噺なのだ。
遊楽師匠はさすが上手い。若旦那の改心のシーンも聴いている者が涙を流してしまうほど完璧に演じている。
もう観客は噺の若旦那と一緒の気持ちになっている。終盤の大家に対する怒りも全ての客が共有している感じだった。ここまで高座と客席が一体となった状況を俺は見たことがなかった。
凄まじいばかりの熱が寄席全体を包んでいた。
「……という訳で勘当が解かれるという。唐茄子屋政談でございました」
サゲを言うと場内から凄まじい拍手が沸き起こる。座布団を降りて挨拶をする遊楽師匠。
「ありがとうございました! ありがとうございました!」