TOWA
「推敲って、どうすればいいんだろう」
そうして僕が具体的なやり方を説明していると、そこでカウンターの奥から叔父さんが近づいてきて、僕達の前に立った。そして、じっと僕が握っているノートを見つめ、懐かしそうな顔で笑っている。
「小説か。お前らも書いているんだな」
叔父さんが突然そんなことを言い出したので、僕とあさひさんは顔を上げて、その彫りの深い顔をじっと見つめてしまう。
「俺も、昔小説を書いていたことがあったよ。当時はとにかく誰かに読んでもらいたくて、同人誌とかに載せて飛び回ったものさ。全然売れなかったけど、それでも楽しかった」
叔父さんはそう言って腕を組み、どこか遠くへと視線を向け、その頃のことを思い出しているようだった。僕は叔父さんへと体を向けて、言葉を絞り出す。
「叔父さんも書いていたんだね。どんなジャンル書いていたの?」
「お、俺か? 俺はだな……」
ふとあさひさんを見遣ると、彼女はじっと叔父さんを見つめ、どこか慈しむような優しい笑顔を浮かべていた。そんな表情を初めて見て、僕は少しドキッとしてしまう。
あさひさんってたまに大人っぽい顔するんだな……。
そうして鼓動が高鳴るのを感じながら叔父さんに視線を戻すと、彼は言いにくそうに「俺が書いていたのは、恋愛小説だ」と語った。
「恋愛小説? 叔父さんも書いているんだね」
「まあ、当時好きな女の子がいて、自分の想いを作品にぶつけて書いたものさ。その子に読んでもらったら、『なんからしくない』なんて言われてがっかりしたのを覚えてる」
叔父さんはあさひさんへと目を向け、ノートをとんとんと叩いた。
「あさひちゃんも、達也と小説書いているのか。今度是非、あさひちゃんの作品も読んでみたいものだな」
そう言って叔父さんはその大きな口を開けて、はっはっはと笑い始めた。あさひさんは目を見開いて彼を見つめ、そして何故か視線を彷徨わせた。
そして、「まあ、頑張ります」とはにかんだように笑った。僕は彼女のその表情が気になったが、すぐにうなずき、彼女の肩を叩いた。
「一緒に頑張ろうね」
「うん。ありがとう、色々と」
そうして僕らはこの喫茶店で、小説のことを語り合う同志として、数日に一度、会う約束をしたのだった。
僕らはたまに会っては小説の話題で盛り上がり、そして徐々にお互いのことを知って、距離を縮めていった。僕も毎日が楽しくなって、早く彼女と会う日が来ないかと、どうしても待ち遠しくなってしまうのだった。
「お前、最近なんだか楽しそうな顔をしているな」
佐々木信吾がじっと僕の顔を覗き込むようにして見つめてきて、口元を緩めた。信吾は僕の一番の親友とも言うべき気の置けない仲で、毎日昼休みになると一緒に図書室に来て、小声でおしゃべりをするという習慣があった。
「なんか、たまに何かを思い出してにやにやしてるかと思いきや、腕を組んで真剣に考え始めるし。一体何なんだ? 女の子の口説き方でも、もしかして考えているのか?」
僕はそんなことを言われたので、顔を真っ赤にして手を振った。なんで、そんな話になるんだよ。
「なんかその調子だと、図星みたいだな。そうか、女の子か。お前にねえ」
信吾は眼鏡に指を添えて上げる仕草をして、その端正な顔に意地の悪い笑みを浮かべて、くすくすと肩を揺らせている。背が高く、すらりと細い体つきをしていて、髪が長めであることを含めると、女子にしょっちゅうキャアキャア言われる外見をしていた。けれど、実際はかなりのひょうきんなキャラで、よく僕をいじっては楽しんでいる。
「あのな、ただ小説仲間ができて、毎日が楽しくなっただけだからな」
「小説か……小説の書き方を教えるって言って、それで口説いたのか。すごく新しい落とし方だな、それって」
信吾は目を丸くして顎に指を添え、うんうんとうなずいている。僕はいい加減腹が立ってきて、「だ、か、ら!」と声を押し殺して叫んだ。
「彼女とはそんなんじゃないって。仲の良い友達ってだけで」
「でも、彼女と会うのが楽しくて楽しくて仕方がないんだろ? それってたぶん、恋だろうよ」
僕は首が千切れるんじゃないかと思うくらいに、ぶんぶんと振った。
「それはない。ただ気になってるってだけで」
「なるほど。本当に惚れる前段階ってところか」
信吾は妙に納得したような顔をして、そして椅子に深く身をもたせかけ、ふう、と息を吐いた。図書室には僕らの他にはほとんど人がおらず、ひっそりと静まり返っていたが、窓の外から聞こえるブラスバンドの演奏でほとんど僕らの会話は掻き消されていた。
僕は本棚が立ち並ぶ広いその一室を見渡しながら、声をひそめて言った。
「それにね、なんか彼女が脈なしってわかるんだよ」
「悲しいな、達也。だけど、まだあきらめるな。たくさんチャンスはあるぞ」
信吾はそう言って腕を組み、僕の顔を見透かしたようにじっと見つめた。
「お前は想像以上に、できる奴だ。女の子の引っ掛け方も、潜在能力を引き出せば、簡単にできるはずに違いない」
「僕はドラゴン○ールに出てくるキャラでも何でもないんだよ。潜在能力があったら、とっくに使ってるから。ただ、今は楽しいから、それでいいかなって。そう思っているんだ」
僕がそう言って窓の外の、めたせこいやの木をじっと見つめていると、信吾はふっと微笑み、どこか優しい眼差しで僕を見つめた。
「お前のいいところは、たぶん誰にでもすぐに心を開いて打ち解けるところだと思うぞ。その子も、お前を見て、直感でそう思ったから近づいたんだ」
「そんなものかな」
僕は腕を組んで、その上に顎を乗せて遠くを見つめた。信吾は同じように視線を横へと向けながら、ぽつりと思案げな顔で言った。
「お前が出会ったのは、前に言っていた叔父さんが経営する喫茶店か?」
「うん、そうだよ」
「そこの常連だった訳だな?」
僕は目をぱちくりさせて、首を傾げた。なんでわかるんだよ。
「まあ、いい。俺も少し変な想像をしてしまったみたいだ。お前の恋愛は応援しているが、いつかその女の子と会ってみたいな」
「お前に会ったら、余計に危ないってば!」
「だったら、彼女の愛人志望にしとくよ。伴侶の権利はお前に譲る」
「そういう問題じゃないよ!」
そうして僕らはどうでもいいことを語りながら、その日も昼休みをゆったりと満喫するのだった。
次の日、久しぶりに彼女とTOWAで落ち合うと、彼女は改善した作品をワープロで打って、用紙にまとめて持ってきていた。僕は縦書きにされたその原稿を読み、大きくうなずく。
「文章がすらすら読めるね。ちゃんとリズムが取れてるし、かなり良くなってるよ」
「うん。何度も何度も推敲して、納得いくまで改稿したから。特に描写とかは何度も読み直した」
僕は興奮しながら彼女の作品を読み進めていき、そしてふとその部分に行き当たり、首を傾げた。
「あのさ、誤字脱字は特にないんだけど、文章を少し詰め込みすぎていないかな?」
「え、そう?」
あさひさんは苦笑して、僕が指差した部分を覗き込む。
「確かにそう言われればそうかも」
「改稿した時に、書き込みすぎたのかもしれない。最初の原稿の方が、流れはスムーズだった気がするよ」