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御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
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TOWA

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「ま、まあね。常連って言われれば、常連だけど。それより、少し話さない? 同じ年代の子がいるの、嬉しくてさ」
 そう言って彼女は僕をじっと見つめて、無邪気な笑顔を見せた。僕はその笑顔がとても子供っぽく、けれど思わず目を吸い寄せられるような可愛いものだったので、少しドキッとした。
 なんか、かなり明るい感じの子だな。うちの妹に少し似ているかもしれない。
 僕が「いいよ」とうなずいてみせると、彼女はパン、と掌を叩き合わせて、「やった!」と唇を微笑ませる。栗色のショートヘアーが肩の上でふわりと浮き上がった。
「ありがとう、いい人だね、君」
 制服から見て、彼女はどこかの公立高校に通っているようだった。確か、西南阪度辺りの制服だった気がする。
 そうして彼女は自分が公立高校二年の「有坂あさひ」と言う名前だと言った。確かにあさひのようにきらきらした笑顔を見せることがあって、少し納得した。
「それより達也君、さっきからそのメモ帳気になってるんだけど……何書いていたの?」
 高校の話題で盛り上がった後、彼女が突然僕の手元のメモ帳を指して首を傾げた。僕は苦笑して、どうしたものかと逡巡してしまった。
 あまり人には見せたくないものなんだけどな。まあいいか。
「実は小説を書いていて」
「へえー、達也君は文学少年な訳だね」
 あさひさんはどこか興味津々といった様子で僕のメモ帳を手に取り、それを読み出した。
 そして、はっと彼女は目を見開いたかと思うと、メモ帳を顔に近づけて、無言で視線を走らせていく。自分の鼻先を紙に押し付けてページを捲るんじゃないかと思うくらいに、夢中になって読んでいるようだった。
 僕は彼女のそんな反応に、少し緊張した面持ちでその横顔を見守った。大丈夫かな……走り書きした文章だけど、意味が通ってなかったりしないかな。
 そうしてじっと彼女の言葉を待っていると、やがて彼女がそっとメモを閉じて、すっと目を細めた。僕は身を乗り出してじっとその言葉を待った。
「すごく綺麗な情景が浮かんできたよ」
 彼女は目を開き、満面の笑顔でうなずいてみせた。僕は思わず彼女のその優しげな表情へと目を吸い寄せられ、そして「本当に?」とつぶやいた。
「この小説、とても心が篭ったいい作品だと思う。丹念に言葉を選んで、真心を篭めて書き綴ったのがよくわかるから」
 それは、僕が生まれて初めて聞いた、最高の褒め言葉だった。僕は何度もうなずき、「ありがとう」とはにかんだように笑った。
「こんな作品が書けるなんて、若者も捨てたものじゃないぞ。物は相談なんだけどさ」
 あさひさんはぽりぽりと頬を掻きながら、どこか恥ずかしそうに笑って言った。
「私にも、小説の書き方を教えて欲しいな」
 僕は口を半開きにして、固まってしまった。え? なんでそんなこと……と頭の上に疑問符が浮かんでくる。
「あのさ、これからもここに来て、たまに話さない? そのついででいいんだけど、小説の書き方を教えて欲しいな」
 僕は思わず彼女の手を握って、何度もうなずいてしまう。それって、小説仲間にならないってことだよね? それは願ってもないことかもしれない。
 そうして僕らはすっかり打ち解けて、色々なことを話すようになった。お互いの身の上話や、趣味や好きな音楽、最近見た映画など、本当に話は尽きなかった。
 彼女はじっとカウンターの奥で、せっせと準備をしている叔父さんの背中を眺めながら、本当に楽しそうな顔で自分のことを語った。
 そうした時間は本当にどんな娯楽よりも僕の心を揺さぶり、どんなヒーリング音楽よりもリラックスした心地でゆったりとした一時を過ごすことができた。
 その日は、僕にとって本当に気持ちの良い一日だった。

 数日後、再びTOWAを訪れると、彼女が既にカウンター席に座って待っていた。彼女はどこか頬を火照ったように朱に染めて、熱心にメモ帳に文章を綴っていた。時々カウンターの先へと視線を向けて考え込む仕草をし、すぐに俯いて文章を綴り続ける。
 彼女が本当に小説を書いていることに気付き、僕は嬉しくなって彼女へと早足で近づき、「あさひさん」と声をかけた。すると、彼女がぼんやりとした顔を瞬時にはっとした表情へと変えて、こちらに振り向いた。
「あ、あの……その、」
「こんにちは。小説書いていたんだね」
 僕がそう言って微笑むと、あさひさんは苦笑してぽりぽりと頬を掻き、小さくうなずいてみせた。本当に書いてくるとは思わなかったので、かなり嬉しかった。
「なんか書き始めたら、はまっちゃって」
「だよね。書いていることがそのまま染み付いていくような感じで、僕も当たり前のようになってるよ」
 そう言って僕は彼女の隣に腰を下ろし、叔父さんを呼んでマンデリンとかぼちゃのタルトを頼んだ。すると、叔父さんは何やら僕とあさひさんを見てにやにやした顔をし、「どうぞ、ごゆっくり」などとつぶやき、その場を去っていった。
 そういうことを言われると、僕も緊張してしまうのだけれど、叔父さんは僕の性格をわかっているので、わざと言ってくるんだろう。
 そうして視線を彷徨わせながらお冷を飲んでいると、あさひさんがこちらへと振り向き、「ねえ、書いてみたの、読んでみてよ」と言った。僕はうなずき、彼女が差し出したノートをそっと受け取って開いた。
 その瞬間、目を見開いた。
「ちょっとあさひさん……これ、最後まで書いたの?」
「うん。なんか言いたいこと全部書こうとしたら、いつの間にかノート一冊書いてしまって」
 初心者にしては、すごい集中力だな、これは。僕だって数日でノート一冊書くのはできるかどうかわからないのに。
「じゃあ、ちょっと読ませてもらうね」
「うん。なんか恥ずかしいな、人に自分の書いたもの読まれるのって。ちぐはぐでも、笑わないでね」
 そう言ってあさひさんは手元のグラスに入ったアイスコーヒーを少しずつ飲み出した。僕はノートに書かれた文字を読み出して、そしてすぐにかじりついてその物語に浸ってしまった。
 これが、本当に初心者なの? ストーリーが半端ないな、これ。
 文章は初稿だけあって、かなり勢いで書いてあるけど、それでも文体がどこか迫力を感じさせてかなり味を出してるかもしれない。それに、ただの恋愛小説じゃなくて、ちゃんと背景がしっかりしてるな。
 下調べもしないで、ここまで具体的な内容を語るのって、日頃からかなり勉強して色々知ってるってことかもしれない。
 僕はそうして四十分ぐらいずっと読み続けていたけれど、やがてそっとノートを閉じ、あさひさんを見遣った。あさひさんは緊張した面持ちでこちらへと振り向いた。
「すごく面白いよ、これ」
 僕は何度もうなずきながら、大きな声を上げてしまうのを抑えられなかった。
「とにかく一人一人の登場人物の個性がはっきりとしていて、すぐに物語に引き込まれるから。それに、背景描写もしっかりしていて、すぐに情景が目に浮かんでくるよ。何よりもストーリーの先が読めないよ」
 僕はそう言って握り拳を作り、何度もうなずいてみせた。すると、あさひさんははにかんだように笑い、「そう。それはよかった」とつぶやいた。
「これなら、推敲すればかなりの作品に仕上がるんじゃないかな」
作品名:TOWA 作家名:御手紙 葉