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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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「わたしはそう思いません」
「おまえにだって生き返らせたい人間がいるはずだ。立場が私と同じなら、おまえだってこうしていたんじゃないのか!」
 ターロンは憤然と両手を横に広げて、白い光を放つ足元の術式陣を示す。
 リンは肯定も否定もしなかった。もしかしたら、返答に窮しただけかもしれない。
 術式陣の白い光がひときわ強まる。無数の火花が破裂して、術式陣の外にいるリンとレギウスに襲いかかってくる。火花は肌に触れると鋭い痛みをもたらした。反射的にこみあげてきた罵声を、レギウスは口のなかでかみ殺す。
 リンが光の風圧に逆らって進み、帯状に光る術式陣の線上にかがみこんで両手をついた。その状態で指をすばやく動かし、第二種術式文字をつむぎだす。術式陣の文字とリンの描いた文字とが空中で衝突し、からみついて、互いに打ち消しあった。
 一瞬、リンの感じる痛みが絆を通してレギウスに伝わってきた。すぐに感覚が遮断される。
 激痛にリンの美貌がゆがむ。彼女のむきだしになった肌の上を、いくつもの頭を持つ青黒い光の蛇がのたくった。
 突然、術式陣が光を失う。
 ターロンがハッと息を呑む。予想外の展開に狼狽の色をのぞかせた。
「バカな……私の術式陣が……」
「レギウス……」
 苦痛に濁ったリンの声が届く。レギウスのほうに顔を向ける余裕もないらしい。勢いをなくした術式陣をにらみ据えたまま、リンは懸命に声をしぼりだす。
「いまのうちに……フィリアさんの手の骨を……あれがこの術式の核になっています……わたしはそんなに……長く持ちこたえられません……」
「う……うおおおおおおおおおおっ!」
 レギウスは走る。走りながら、〈神の骨〉を抜く。
 術式陣をまたぎ越した。中心にいるターロンへと突進していく。
 ターロンが顔をひきつらせる。
 カミアがサッと動いて、ターロンの前に立ちふさがった。
 レギウスは〈神の骨〉でカミアに斬りつけた。彼女を殺す意図はない。狙いは、彼女が胸に抱えたフィリアの手の骨だ。
「結式──時をつむぎて、壁となす」
 カミアがつぶやく。彼女の足元で真っ白な光がふくれあがった。術式陣がにわかに力を取り戻す。
 光の洪水。
 圧力に耐えきれなくなったリンが吹き飛ばされる。
 悲鳴をあげて、リンが廃墟の床をゴロゴロと転がる。
 レギウスの眼前に白い光の壁が立ちあがった。術式陣の中心をぐるりと囲んでいる。肩から体当たりした。突っこんだ数倍の勢いで弾き返される。レギウスは背中から床面にたたきつけられた。
「グハッ……!」
「うるさい虫ケラども……いいざまだわ。そこで黙って見てるのね」
 唖然としている背後のターロンに向かって、カミアが叫ぶ。
「ターロンさま、いまのうちにこの女性(ひと)の蘇生を! わたしがお手伝いいたします!」
「……わかった」
 ターロンは力強くうなずき、禁忌の錬時術に取りかかった。
 ターロンが空中に軌跡を描いていく。錬時術師の指のあとが紅く光った。
 術式を結んで、ターロンが結式句を声高に唱える。
「結式──時の潮流よ、さかのぼれ!」
 鮮紅色に輝く文字の列が猛烈な勢いで回転する。
 ターロンとカミアの周囲で大量の時晶が蒸発した。
 文字の群れが一点に凝縮し、瞬時に激しく燃えあがる。
 それは、ひとつの星が生まれるさまに似ていた。
 カミアの胸にあるフィリアの手の骨がおどりだす。それを、カミアがしっかりと胸に抱きとめる。カミアが結式句らしきものをつぶやく。手の骨がビクビクと痙攣(けいれん)した。
 レギウスは痛みをこらえて起きあがった。リンを探す。リンは術式陣の外縁から少し離れた場所に、ぺたんと尻を床につけてへたりこんでいた。目の前で展開する光景を呆然と凝視している。急いでリンに駆け寄り、彼女の横にかがみこんだ。
「リン、ケガはないか?」
「あ、あれを……」
 リンは目を大きく見開き、術式陣の中心を見据えた。
 レギウスはリンの視線を追う。戦慄に肌が粟立った。
 フィリアの手の骨から、腕の骨、肩甲骨、肋骨が現れ、互いにつながり、人間のかたちをなしていく。
 カミアの肉体が溶け崩れていった。それと同時にフィリアの骨格に肉がつき、皮膚が肉を覆って、血管が肌の下にへばりついた。
 文字の紅い光がとうとつにやんだ。
 すると、そこには全裸の少女が立ちつくしていた。
 赤味を帯びた金髪、ほんのりと薄紅色に色づいた白皙(はくせき)の肌、少女らしいほっそりとした四肢にツンと上を向いた小振りな乳房。目を閉じたうつむき加減の顔は、職人が精を入れて仕上げた繊細な彫刻のように目鼻立ちが整っていた。
「……フィリア?」
 ターロンが声を震わせて少女に呼びかける。
 少女が目をつぶったまま振り向く。にっこりと微笑んだ。
 ターロンが息をつまらせる。少女に差し伸べた腕がブルブルと震えた。
「フィリア……フィリア、フィリア、フィリア!」
 ターロンの表情が喜悦に明るく輝いた。目頭に大きな涙の粒が盛りあがり、ごつごつとした頬を伝い落ちていく。
「おお……ついに私は、きみを……もう離さない……二度と……なにがあっても……」
 少女──フィリアは目を開いた。
 つぶらなその瞳は──
 カミアと同じ、濃い紫色だった。
 ターロンがハッと息を呑む。
「フィリア? きみのその眼はいったいどうしたんだ?」
 フィリアがターロンの手首をそっとつかんだ。穏やかな笑みが満面に広がった。
「少し辛抱してね、ターロンさま」
「なにを……」
「結式──時をたぐりて、車輪を回す」
 術式陣の文字が白く発光し、フィリアの結式句に反応する。だしぬけにターロンの周囲で時間の流れが加速した。
 ターロンが悲鳴をあげる。その悲鳴が消え去らないうちに、時間の激流に呑みこまれた男は目に見えない小さな塵へと分解した。一片の骨すらも残らない。
 リンもレギウスも身動きできなかった。いま目撃した光景が信じられずに、ポカンと口を半開きにする。
 フィリアはクスクスと笑う。自分の身体を綿密に点検し、華奢な腕を、かたちのよい爪をながめ、満足げに目を細めた。
「きれい……これがわたしの新しい身体なのね。ターロンさまには感謝しなくちゃ」
「違う……」
 リンがうわずった声を出す。フィリアの紫色の瞳がリンをとらえた。悪意のこもった眼差しを向けられて、リンがたじろぐ。それでも、口は動きを止めなかった。
「あなたはフィリアさんじゃありません。身体はフィリアさんのものだけれど、あなたは……」
 フィリアが下唇を指でつまみ、獲物を待ち伏せる肉食獣めいた表情でリンとレギウスの反応を探る。下唇を指先でいじるその仕草に、レギウスは見憶えがあった。
「カミア……あんた、カミアなのか?」
「ああ、ついいつものクセが出てしまったようね」
 フィリアは唇から指を離して、
「そのとおりよ。でも、わたしの本当の名前はカミアじゃない。わたしはカミアの身体を借りてただけ。本当のカミアは死んだわ。わたしが彼女の魂を食べてしまったからね」
「おまえは〈傀儡師(くぐつし)の座〉とかいう連中のひとりか?」
「まあ、そうともいえるわね」