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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 レギウスは蛮獣兵に向きなおる。たったそれだけの動作で、空気との摩擦で生まれた熱がレギウスの肌を焼き焦がした。摩擦熱は、圧倒的なスピードを得た代償だ。
 白い巨人が立ち止まっていたのはほんの一瞬だった。
 敵が加速を開始した。動きが速まる。ついてきている。レギウスのスピードに。
 深く息を吸う。肺に流れこむ空気まで火がついたように熱い。
 前へ踏みこんで、〈神の骨〉を打ち振るう。
「おまえの主人のところへ帰れ!」
 〈神の骨〉が燃えあがった。レギウスの指が焼け、皮膚が割れる。頬を伝う血のしずくが蒸発して異臭を放つ。
 蛮獣兵の姿がまたたく。妖刀の刃が敵を素通りした。これほど加速しても、なお短いジャンプを繰り返している。まさしく怪物だ、こいつは。
 だが、敵の能力も無限ではなかった。確実にジャンプの間隔が延びている。蛮獣兵が出現と消失を繰り返すのをはっきりととらえることができる。
(だったら、ヤツのスピードを上回るのみ!)
 第二撃を繰りだす。六本腕の巨人がまたたき、〈神の骨〉の切っ先をあっさりとやり過ごす。
 その瞬間を狙う。
 持てるかぎりの闘志をエネルギーに換えて、純白の刀身に注ぎこむ。
「影ごと──」
 それを、一気に解放する。
「砕け散れ!」
 摩擦熱で赫々(かっかく)と輝く巨大な衝撃波の刃が、至近距離から蛮獣兵に突っこんだ。
 敵が短いジャンプに移行しようした刹那(せつな)──
 〈天亡〉の紅い衝撃波が白い巨人の身体を左右に両断した。
 膨張した空気が暴風を巻き起こす。
 レギウスは殺到してきたつむじ風に押されて宙を飛んだ。
「グッ……」
 時間が溶ける。
 加速された時間が蒸散していく。
 リンの悲鳴。
 レギウスの視野が一回転して、天地がひっくり返る。
 地面にたたきつけられる寸前、レギウスの身体が空中で受け止められた。
 リンがとっさに錬時術を展開して、レギウスの周囲の時間を凍結したのだ。
 リンが息せき切ってレギウスに駆け寄る。不自然な体勢で凝り固まったレギウスをそっと地面に降ろしてから時間の凍結を解いた。
 レギウスは苦痛にうめき声をあげる。たまらず草地に突っ伏した。
「レギウス!」
 リンがレギウスの頭を抱き起こした。
「しっかりして!」
「……ウッ」
 答える元気もない。
 胸と腹には深い傷を負い、左の頬と右の太腿も負傷していた。露出した肌はどこもかしこも軽い火傷を負っている。〈神の骨〉をにぎっていた指は皮膚が破れて血まみれだった。
 いつの間にか、〈神の骨〉を手放していた。まるで戦いに斃(たお)れた兵士のように、抜き身の白い刀が踏み荒らされた草地に投げだされている。
「……蛮獣兵は?」
「消えました。わたしたちが勝ったんです!」
 目だけを向けて敵が立っていた場所を確かめると、そこには黒く焼け焦げた草があるだけで、白い巨人の奇怪な姿はどこにも見えなかった。
 リンの手を借りて上半身を起こす。血にべったりと濡れた黒衣が妙に生温かい。
「指が……動かねえ……」
「じっとしていて。いま治療します」
 リンが第二種術式文字を手早く編みだす。局所的な時間の加速が、護衛士の肉体を強化する絆の効果とあいまって傷の自然治癒を大幅に短縮する。左のてのひらに刻まれた五芒星(ごぼうせい)の黒い刻印がリンの術力を浴びてズキズキとうずいた。まばたきするあいだに傷口がふさがり、痛みが引いていく。
 レギウスは大きく息をつく。肩を回してなんともないことを確かめた。
 リンがレギウスにギュッとしがみついてきた。レギウスの胸に顔を押しつけ、ひとしきり肩をわななかせる。
「……リン?」
「…………」
 リンは震える息を吐いた。言葉が喉につまって出てこないらしい。
 レギウスは微笑んだ。リンの肩をポンポンとたたき、
「リン、大丈夫か?」
「……はい。どこもケガはしていません」
 リンは目尻ににじんだ涙を指でこする。レギウスが重傷を負って、よほど動揺したのだろう。まだ身震いが止まらない。
 レギウスはリンの顔を自分のほうに向けさせると軽くキスをした。びっくりしたリンが目をしばたたく。
「ありがとな。おれの心配をしてくれて」
「レギウス……」
 今度はリンがレギウスの唇を求める。甘い口づけが、レギウスの体力を呼び戻した。
 立ちあがる。〈神の骨〉を拾って鞘に収めた。
 灰色の空をにらんだ。太陽は西の空を這いずりまわっていた。
 日食が近い。あと半刻もないだろう。
 死体の散らばる空き地を見渡し、傾斜地の向こう側、丘の稜線に頭をのぞかせた三角形の屋根に目を凝らす。
「行くぞ、リン。時間がない」
「はい」
 レギウスの呼びかけに応じたリンの返事は力強かった。