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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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第十七話 蛮獣兵


 敵を形容する言葉はない。
 あえて表現するとしたら、真っ白なひとつ眼の巨人、か。
 手足はあった。ただし、手の数は六本もある。人間の脇腹にあたるところから、よけいな四本の腕が生えている。六本の手はどれも漆黒の剣をにぎっていた。背の高さは人間の倍ほど。横幅も倍。顔の造作はなく、眼の機能を果たすとおぼしき暗い切れ目が顔面を横切っている。降ったばかりの雪のように真っ白な体表には、金色の刺青のような文様が刻まれている。意味はわからないが、それが第二種術式文字であることはレギウスにも見てとれた。
 白い巨人が一歩、前進する。六本の手ににぎられた黒い剣が、さながら闇をまとった流れ星のように空気をないだ。
「……なんだ、こいつは?」
「蛮獣兵……」
 リンが驚きにかすれた声を洩らす。
「バンジュウヘイ?」
「創世主戦争のときにつくられた兵器です。最後の戦いで全滅したはずなのに……」
「そいつを召喚したわけか。こいつをつくりだしたのは誰なんだろうな?」
 答えはわかりきっている。冥界の王のような力のある神ならば、失われた古代兵器を再現するのも造作ないだろう。
 白い巨人──蛮獣兵の身体がたわんだ。白と黒の旋風がレギウスの視野をかき乱す。
 反射的に〈神の骨〉を突きだす。
 〈神の骨〉の刀身に黒い剣が激突し、赤黒い火花を散らす。
 腕に衝撃。レギウスの全身の骨が揺さぶられる。
 右。純白の影が流れる。その先にリンがいる。
「やらせねえ!」
 レギウスは腰を沈め、リンに向かって突進してきた剣先を、〈神の骨〉の峰で弾く。
 残像すらつかめない黒い雷(いかずち)が大気を焦がした。
 それを、レギウスは正面から迎え撃つ。リンとの絆がレギウスに力を与えてくれる。
 おどる。
 レギウスは戦いに没頭していく。
 おどる、おどる、おどる。
 血が、心臓が、筋肉が、灼熱のエネルギーをむさぼり、呑みこみ、吐き散らす。
 リンの両手の指が第二種術式文字をつむぐ。完成。青い文字が爆発する。
「結式──凍輪(とうりん)!」
 時間の流れが凍てつく。まどろむような風が立ち止まった。
 蛮獣兵の体表に刻まれた金文字が光った。
 リンの術式をはね返す。
 時間の歯車に打ちこまれたくさびを引きはがし、白い巨人が突進する。
「……え?」
 リンが驚きに目を丸くする。一瞬、反応が遅れた。
 黒い剣がリンの周りで乱舞した。
「リン!」
 レギウスはがむしゃらに跳びこむ。
 リンの頭上から降ってきた敵の剣を〈神の骨〉で受け止める。すさまじい剣圧。肩の骨が圧力にきしんだ。
 リンに漆黒の牙が肉薄する。回避できない。
 レギウスは転がって、リンの盾となる。
 闇を固めたような黒い刃がレギウスの胸と腹の肉をえぐった。
「ガッ……!」
 血しぶき。
 激痛。視野が、赤く割れた。
 レギウスは吼えた。
「うおおおおおおおおおおっ!」
 黒い刃にそって〈神の骨〉を繰りだす。
 身体が流れた蛮獣兵の右側面に妖刀を打ちこむ──
 が、刀身は敵の肉体をすり抜け、むなしく空を切る。
「……な?」
 蛮獣兵が六本の腕を振る。
 空気が乱れた。
 危険を察知したレギウスはリンを押しやって、敵との距離を開く。
 体内のエネルギーを集めて、真っ白な刀身に注ぐ。出し惜しみはできない。さもなければ殺される。
「影ごと砕け散れ!」
 渾身の力をこめて刀を振り切り、〈天亡(てんぼう)〉を放つ。
 真紅の衝撃波が地面を引き裂いた。
 足を踏みだしかけていた蛮獣兵に激突する。
 しかし──
 鮮血の色をした刃は、異形の巨人をつかみそこね、背後のあばら屋を木端微塵(こっぱみじん)にしただけで終わった。
 レギウスは愕然とする。
 技が通用しない。蛮獣兵の身体に刃が届かない。リンの錬時術でさえ無効化してしまう。
「……こいつ……実体がないのか?」
「いいえ、そんなことはありません! 蛮獣兵といえども肉体はあるはずです!」
「だけど〈天亡〉をくらったのに、まだ……グッ!」
 レギウスは激しい痛みに声をつまらせる。
 胸から腹を縦に裂いた傷口から真っ赤な血があふれだし、黒衣を濡らしていた。思ったよりも深傷(ふかで)だ。リンとのあいだの強化された絆が、かろうじてレギウスの意識をたもっている。
 苦痛にゆがむレギウスの顔を目にして、リンが表情をこわばらせる。
「レギウス、傷が……」
「まだ行ける。おまえとの絆を強めておいて正解だったな」
 そんな強がりを口にしてみるが、顔面から血の気が引くのをレギウスは感じていた。
 早くも出血は止まっていたが、ダメージはすぐさま修復できない。
(あと数分……それ以上は長引かせられねえな……)
 レギウスは敵を見据える。
 かすめることもできなかったが、レギウスの〈天亡〉に警戒心を抱いたらしく、蛮獣兵はじっとこちらの様子をうかがっている。
 いつの間にか、紫色の瞳の少女は姿を消していた。戦いの帰趨(きすう)を見届けるつもりはないらしい。リンとレギウスに勝ち目はないとでも思っているのだろう。
 敵は勝負を仕掛けてくる──
 レギウスの本能がそう告げていた。
 白い巨人の殺意が高まっていく。黒い剣をにぎる六本の腕がピクリと動いた。
 レギウスは目を大きく見開いた。
 敵の影がぶれる。一瞬、立ち現れ、次の瞬間、微妙に位置をずらしている。
(……これは!)
 リンが空中に青い軌跡を描く。力を宿す文字が光った。
「結式──乱輪(らんりん)!」
 銀色の鏡面にも似たきらめく壁がリンとレギウスの眼前に立ちあがる。
 圧縮された時間の奔流が壁の表面をこすった。壁の裏表で速さの異なる時間の流れが摩擦を起こし、青白い雷撃を放つ。
 境界面に突っこんだ蛮獣兵の腕がねじれた。時間の浸食作用で黒い剣の刀身に細かいヒビが走っていく。
 困惑したかのように蛮獣兵の動きが止まる。
「ハッ!」
 レギウスは裂帛(れっぱく)の気合を発して、大上段から敵に斬りつける。
 白い影が揺れる。ごく短い時間のうちに点滅して、レギウスの網膜に残像をうがつ。
 いびつな巨人の身体をすり抜けた〈神の骨〉の切っ先が地面をたたいた。
 蛮獣兵が銀色の境界面から腕を引き抜く。横を回りこんで、レギウスの左から攻撃を仕掛けてきた。
 レギウスの刀が間一髪、蛮獣兵の剣先を受け止めた。
「リン!」
 レギウスは刀を振るいながら、叫ぶ。
「こいつは時間のなかを移動してる! 小刻みにジャンプしてるんだ!」
 リンが鋭く息を呑む。レギウスが看破したことをリンも理解する。レギウスが目で意志を伝える。言葉はなくてもちゃんと通じた。
 リンはすかさず指を動かして、空中に新しい術式を築きあげていく。
 蛮獣兵の黒い剣がうなりをあげて頭上から襲いかかってきた。レギウスは〈神の骨〉をたたきつける。
 黒い剣が砕けた。破片が降ってくる。レギウスの左の頬をざっくりと裂き、右の太腿に突き刺さる。
 脳天を突き抜けていくような激痛。
「結式──旋輪(せんりん)!」
 リンの錬時術を受けて、レギウスの時間が加速する。一秒一秒が限界まで引き延ばされていく。周囲の動きが極端に遅くなった。間延びした風が、レギウスの血を吸った黒衣をこすっていく。