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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 やることもなく、狭い船室のなかをウロウロと歩きまわった。待つしかない時間というのはどうしても密度の高いものに感じてしまう。まるで錬時術で時間が凍りついたかのようだ。一秒が、一分が、その何倍もの長さに思える。
 天井をにらみつける。天井のその向こうの、さらに雲を突き抜けた高みから下界を見下ろす太り肉(ふとりじし)の月──そのいまいましい澄まし顔が、レギウスの脳裏にちらついている。
 月の女王は冷酷な女神だ。目的達成のための障害になると判断すれば、自分の熱烈な信徒ですらためらうことなく消し去る。そんな彼女を思いとどまらせた、リンの想い──その想いを、レギウスは正面から受け止めてあげなければならない。
 リンの想い、彼女に寄せる信頼、錬時術師と護衛士との絆、死んだ護衛士のブトウ、月の女王の暗躍──それらがないまぜになって化学反応を起こし、熱を発散すると、レギウスの心のなかでわだかまっていた不純物が蒸発して、たったひとつの明晰な感情が浮かびあがってきた。
 それがひどく単純なものであることに気づいて、レギウスは新鮮な驚きを覚える。
(おれはリンのことが好きだ。たったそれだけのことじゃないか……)
 心があるべきところに落ち着いた。迷いもためらいも、焦りも不安もない。水平線のはるか向こうまで見渡せるかのような、静謐(せいひつ)で、澄明(ちょうめい)で、充足感に満たされた、この気持ち。
 これまでの生き方では決して望むべくもなかった、「生」の熱い息吹を肌身に感じる、高く、高く、透き通った視座。
 リンの顔をのぞきこむ。彼女の銀髪を指ですき、その肌触りを記憶に深く刻みこんでいく。
 リンが目を開ける。にっこりと微笑んだ。
「……夢を見てました」
「どんな夢を?」
「レギウスがわたしのそばで戦ってくれる夢です」
「夢じゃないな、それは。おれはいつでもおまえのそばにいる」
 リンの笑みがしぼんでいく。苦しげな吐息をついた。
「わたしは三人の人間を殺しました」
「おまえが殺したんじゃない。殺したのは月の女王だ」
「わたしの能力が使われました。わたしの意志じゃなくても、殺人を実行したのはわたしです」
「だから、なんだ? おまえはこれまで何人の人間を殺してきたんだ?」
「憶えていません。わたしにとってはもう無意味ですから……」
 リンは神を宿した左眼をそっと手で押さえる。いまにも沸騰しそうな感情が眼底に揺れている。圧力の高まった言葉が不意に気化して、彼女の口をついてでる。
「レギウス、キスして……」
 レギウスはリンの想いに応える。かがみこみ、彼女の唇を自分のそれでふさぐ。
 もはや、ふたりのあいだに言葉は必要なかった。
 レギウスは悟っていた。
 リンを守ってやりたい気持ち、リンを大切に想う気持ち、リンを愛しく想う気持ち。
 すべてが、ひとつの心情から発している。
 これがひとを愛する、ということなのかもしれない。
 名前すら定かでない生まれたての愛は、心の大海をあてどもなく漂流している。その行き着く先を、レギウスはまだ知らない。
 リンの巫女装束を脱がせる。
 古びた蛍光樹の、息も絶え絶えな青白い灯りが、リンの白い肌に照り映える。
 長い銀髪が光のしずくを散らす。リンは頬を上気させ、静かに目をつぶる。
 指と指を強くからめ、もう一度、リンの唇をむさぼり、彼女の柔らかい舌を吸った。唾液が甘い。涙の塩辛い味はしなかった。
 唇を離す。リンの頬には涙が光っている。
「……リン?」
「ごめんなさい。わたし……どうしても……」
 リンが手の甲で涙をぬぐう。その涙のわけをレギウスは追求しない。きっとブトウと愛を交わしたときの情念をぬぐい去ることができないのだろう。それほどまでにブトウは彼女にとってかけがいのない存在だったのだ。
 だったら、おれはブトウを超えてみせよう。ブトウ以上にリンを愛してみせよう。
 おれは、いま生きている。それを全部、ぶつけてやる。
 リンの白い肌を指先でなぞる。ふくよかに盛りあがった乳房を優しくもみしだき、薄紅色の突起にそっと口づける。
 リンが敏感に反応する。甘い吐息が洩れた。
 レギウスは黒衣を脱ぎ捨てた。
 リンがレギウスの股間を見やる。そこに屹立(きつりつ)する怒張した部位を目(ま)の当たりにして、小さな笑い声をたてる。
「……今度は大丈夫そうですね」
「おまえの血は二度と飲みたくないからな」
「じゃあ、それを証明してください」
「ああ」

 レギウスはリンと愛し合う。満足するまで、何度も。