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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 わかっている。リンに悪気はなかったのだ。レギウスを殺そうと思ってキノコ鍋を食べさせたわけじゃない。食用のキノコによく似たキノコだったから、レギウスもなにげなく口にしたのだが、それがいけなかった。
 もし、本気でレギウスを殺そうと思ったら、リンはなんのためらいもなく実行するだろう。
 それとも……ためらうのだろうか。愛着のある道具を捨てるのはしのびない──それとよく似た感情ぐらいはあるのかもしれない。もしかしたら、それ以上の気持ちを抱えていることだって充分にありうる。
 リンにも人間のそれと同じ、恋人や家族を大切に想い、他者をいつくしむ気持ちがあることは知っていた。
 そうであっても──
 リンは人間と異なる存在なのだ。
 それを、レギウスはかたときも忘れたことがない。
 レギウスは左のこぶしをギュッとにぎった。そこに刻まれた五芒星の刻印を強く意識した。疑うな、迷うな、目をそらすな、と契約のあかしである黒い刻印が、声なき声でささやきかけてくる。
 リンが小さく笑う。
 ためらいがちな微風に長い銀髪が流れる。純白に銀を配した旧大陸の巫女装束がよく似合っていた。

 ひとはリンをこう呼ぶ──〈銀の錬時術師〉と。
 あるいは、単に「化け物」と。

 キノコのつまった鞍袋をなでさするリンの手の動きがピタリと止まった。
 眉をひそめ、道の先へと顔を向ける。
「どうした、リン?」
「……誰かいます。争ってるようですね」
 レギウスは耳を澄ませる。聞こえてくるのは森を吹き渡るすりきれた風の音と、遠くの空を騒がせる雷の音だけだ。なにも聞こえてこないが、リンの聴覚は人間のそれを凌駕(りょうが)する。彼女がそういうのなら、この道の先に人間が──それも、争い合う人間の集団がいるのだろう。
 レギウスはうんざりする。
 やっぱり。予感、的中だ。
 今朝、宿を発つ前に、リンが「夢のなかで月の女王の託宣を受けました」と告げ、いまはあまり使われていない旧街道を行くと強硬に主張したときから、こうなるのではないかとイヤな予感がしていたのだ。
(ったく、五柱(ごはしら)の神々がからんでくるとロクなことがないぜ……)
 特にそれが月の女王──三姉妹の女神の次女であれば、なおさらだった。
 この世界を構成する要素のうち、夜と月を支配する彼女は、およそ慈悲というものに欠ける、冷淡な闇の女王だ。たとえ彼女を熱烈に崇拝する信者であっても、必要とあれば容赦なく犠牲を強いるだけの冷酷さを、かの女神は持ち合わせている。
 その女神が、わざわざ夢のなかにまで押しかけて示した進路に、なにも意味がないとはとうてい考えられなかった。
「仕事が見つかるかもしれませんよ。行きましょう、レギウス」
 リンは急いで白馬の背にうちまたがると、レギウスの返事も待たずに馬を走らせた。
「おい、ちょっと待て……って、おれのハナシを聞け!」
 レギウスは舌打ちする。黒馬に飛び乗り、軽く馬の腹を蹴る。黒馬が猛然と駆けだす。たちまちリンの白馬に追いついた。
 泥にまみれた道を右に折れ、さらに進むと、ようやくひとの声がレギウスの耳にも届いてきた。
 男の怒鳴り声。それに応じる別の男の怒鳴り声。おびえた馬のいななきが、さっきよりも近づいてきた雷鳴に重なる。
 森が後退してちょっとした広場になった場所があった。一台の豪奢な馬車が広場の真ん中で立ち往生していた。傭兵とおぼしき六人の男たちが剣を抜いて馬車を守り、彼らを包囲する粗野な男たちと対峙している。
 攻撃側の男たちは人数で防御側を圧倒していた。ざっと数えただけでも三十人以上はいる。武器も防具もバラバラで、汚らしい服を着た彼らは、どう見てもこのあたりに巣食う山賊だった。馬に乗っている三人の男はおそらく山賊の幹部連中だろう。手にした刀を振って、配下の男たちをさかんにけしかけている。
 ふたりの傭兵が地面に倒れて苦痛のうめき声をあげていた。肩や太腿に矢が突き立っている。どうやら矢を射かけられて急襲されたらしい。
 山賊の頭領とおぼしき片目の男が「武器を捨てろ!」と傭兵たちに投降を呼びかけていた。傭兵の隊長らしき髭面の男がそれに応えて罵声を吐き散らす。
 片目の頭領の忍耐力がつきようとしていたまさにそのとき、リンとレギウスが攻撃側と防御側のちょうど真ん中に割って入った。
 突然の乱入者に山賊たちが驚きと警戒の声をあげる。
 ギョッとした山賊の頭領が胴間声(どうまごえ)を張りあげた。
「なんだ、てめえらは!」
 リンは軽く無視。どちらにつくかを瞬時に見てとり、味方をすると決めたほう──傭兵の隊長に愛想よく微笑みかける。
「隊長さん、わたしたちが助けてあげましょうか?」
 隊長がポカンと口を開けてリンを見つめる。驚いたのは傭兵たちも同様だった。
「……誰だ、あんた?」
「通りすがりの者です!」
 と、明るい声で、リン。
 レギウス、天を仰いで嘆息。この場から逃げだしたくなる衝動をグッとこらえる。
「いまなら特別に通商金貨三十枚で助けてあげますよ?」
「「ふざけるな!」」
 隊長と山賊の頭領の声が見事に重なった。
「誰が見ず知らずの連中に助けを……」
「おう、姉ちゃん!」
 激昂した隊長のわめく声を圧して、片目の頭領の大音声がキンキンと響き渡る。
「おれなら金貨三枚で姉ちゃんを雇うぜ! おれのでっかい刀を姉ちゃんの身体で受け止めてくれよ!」
 山賊どもがゲラゲラと笑う。いやらしい視線がいくつもリンに突き刺さった。
 リンは口をすぼめる。隊長は敵をにらみつけるのに忙しいらしく、リンにまったく注意を払っていない。
「隊長さん、わたしたちならこの場をどうにか……」
「黙れ! 死にたくなければとっととここから逃げろ!」
 にべもない返事。交渉、不成立。
「そうですか。では、わたしたちはこれで失礼します」
 リンはペコリと頭を下げ、白馬の馬首を返す。まるで子供同士のケンカを仲裁しに来たかのような彼女の立ち居振舞に傭兵たちも山賊たちも唖然として、一瞬、広場のなかがシンと静まり返る。
 レギウスだけはこうなることをなかば予想していた。だからいまさら驚かない、騒がない。
「……な? どこへ行くんだ、てめえ!」
 我に返った頭領が顔を真っ赤にして怒鳴る。リンを呼び止めようとしたレギウスの声が押しつぶされるほどのすさまじい怒声だった。
「おい、あの女を逃がすな!」
 頭領の命令に数人の山賊が動く。リンの白馬の前に三人の男が立ちふさがった。
 レギウスの黒馬の周囲にも数人の山賊が群がってくる。
 リンは馬を止め、虫ケラでも見るような目つきで男たちを見下ろした。
 男たちが得物をちらつかせて、残忍な期待に舌なめずりする。
「ヒヒヒヒヒ……ずいぶんとなめたマネをしてくれるじゃねえか、姉ちゃん」
「おっぱいがでっかい女だなあ。たまんねえぜ!」
「姉ちゃん、おれと一騎打ちしてみねえか? 気持ちいいぞ?」
 一方、レギウスを囲んだ男たちは殺意むきだしだった。
「てめえ、姉ちゃんの護衛か? だったら、姉ちゃんを守って死ぬのは本望だよな?」
「目玉をえぐりだされるのと指を一本ずつ切り落とされるのとどっちがいいんだ、坊や?」