銀の錬時術師と黒い狼_魔の島
「おい、男だからってあっさりと殺すなよ。なかにはこういうのが好みだってヤツもいるんだからな!」
レギウスは後ろ頭をポリポリとかく。
こういう連中は言葉でさとしても通じない。それでも、職業柄ひとまずは忠告しないわけにはいかなかった。
「目ざわりだ。おれの前から失せろ」
男たちが目をパチクリさせる。それから最高の冗談を耳にしたかのようにドッと爆笑した。
「聞いたか? 目ざわりだ、おれの前から失せろ、だってよ!」
「こいつ、目玉と指をいっぺんになくしたいみたいだな!」
レギウスは男たちを無視して、リンに呼びかける。
「リン、交渉はおれの役目だ。おれに任せろ」
リンが不服そうな顔をする。雇い主との価格交渉はたいていレギウスがこなしている。金銭感覚のないリンに任せると、まとまるものもまとまらないからだ。
「通商金貨三十枚は譲れませんよ?」
「大陸金貨で三十枚だ」
「ちょっ……大陸金貨って、価値が通商金貨の半分以下……」
抗議するリンをほっといて、レギウスは隊長に声をかける。
「おい、あんた! さっきのハナシだが、大陸金貨三十枚でおれたちを雇わないか!」
隊長が振り向きもせずに怒鳴り返す。
「言ったはずだ! 見ず知らずの連中を信用するわけにはいかないと……」
「大陸金貨三十枚だ!」
馬車のなかからくぐもった男の声が聞こえてきた。おそらく、男たちの護衛の対象だろう。
隊長がいまいましげにチッと舌を鳴らす。
馬車のなかから男の声が続く。
「こいつらを追い払ってくれたら、大陸金貨を三十枚払う!」
「……交渉成立だな。リン、仕事だ」
リンは口をとがらせている。レギウスをにらみつけるが、抗弁はしない。コクリと小さくうなずく。
雷がすぐ近くで鳴った。雨の気配をはらんだ湿った風が吹きつけてきて、レギウスの黒衣をひらめかせる。
レギウスは馬を降りた。腰の刀を抜く。
ニヤニヤと笑っていた山賊たちが、レギウスの刀を目にして、またもや笑い声をあげる。
レギウスの刀は刀身が真っ白だった。雪と氷を固めてつくったようなその武器は、どう見ても子供が遊ぶ玩具の剣にしか思えない。
だが、その武器は決して玩具なんかではないのだ。
それは〈神の骨〉と呼ばれていた。
レギウスがリンの護衛士となったとき、リンから与えられた武器だ。
鉄を鍛えて製作した普通の刀とは材質が根本的に違う。そもそも人間がつくった武器ですらない。
八千年前の創世主戦争──世界を支配していた巨神と、彼らに反旗をひるがえした五柱の神々との戦いで、巨神を討つためにつくられた「神殺し」の妖刀だ。〈神の骨〉で斬られれば、不死身の神々でさえ無事では済まない。
それを山賊たちは知らない。レギウスもあえて彼らに教えてやるつもりはなかった。
「レギウス、無用な殺生は禁物ですよ」
リンが釘を刺す。レギウスは「へいへい」とおざなりな返事をして、〈神の骨〉を正眼にかまえた。
〈神の骨〉の意志が直接、レギウスの意識のなかに流れこんでくる。この状況をおもしろく思っていない。人間なんか相手にしたくないのだろう。元来が人間同士の争いなんかで使われる武器じゃないのだ。
(ガマンしてくれよ。おまえならこいつらを殺さずに済むからな)
頭のなかで〈神の骨〉に呼びかけると、言葉にならない応答があった。しかたがない、使い手であるレギウスの意志に従う、とぼやいている。レギウスは苦笑する。
山賊たちはまだ笑っている。笑いながら武器をかまえ、血走った眼をレギウスにひたと据える。
レギウスのすぐ近くにいる、頭をツルツルにそりあげた男が、半分錆びついた刀の切っ先を彼に向けて、
「なんだ、そりゃ? そんなんじゃ野菜だって切れねえぜ? おれが武器の使い方を教えてやるよ。ちょっと痛いけどガマンするんだな」
「いい加減、その臭い口を閉じろ」
レギウスがピシャリと言い返す。
ツルツル頭の男の顔色が変わる。奇声をあげてレギウスに飛びかかっていく。
レギウスが動く。
スッと半歩足を踏みだし、頭上から落ちてきた山賊の刀を〈神の骨〉で受け止める。
山賊の刀があっけなく折れた。
ツルツル頭が勢いを殺しきれず、たたらを踏む。レギウスの〈神の骨〉が男の胴をないだ。が、肌も肉も傷はつかない。まるで湯気でできているかのように白い刀身が男の左の脇腹にスッともぐりこみ、そのまま反対側から出てきた──傍目(はため)からはそう見えた。
「ガッ!」
ツルツル頭が白目をむく。腹を押さえ、そのまま倒れこむ。ピクリとも動かなくなった。
山賊たちが呆然と地面に倒れた仲間を見下ろす。
「殺しはしねえよ」
取り囲む山賊たちを見回して、レギウスがニヤリとする。
「運がよかったな、いまのおれが相手で。昔のおれだったら、おまえら、確実に皆殺しだ」
「……て、てめえ!」
山賊たちが色めき立つ。罵声を吐き散らしていっせいにレギウスに斬りかかる。
レギウスの身体が流れる。影のように、ひっそりと、音もなく、気配を消して。
おどる。
レギウスにとって、「戦い」は「おどり」だ。貪婪(どんらん)な神々に捧げる血生臭い神楽(かぐら)。
生と死のあいだを、敵と味方のあいだを、絶妙な体(たい)さばきでくぐり抜け、走り、敵の肉をえぐって骨を断ち、息の根を止める。
それを何十回も戦場で繰り返してきた。数えきれないほどの人間をほふってきた。五柱の神々への揺るぎない信仰を胸に抱いて、なにも疑うことなく、なにも感じることなく。
おどる、おどる、おどる。
白い刃がひらめくたびに山賊が苦痛のうめき声を洩らして倒れる。
「リン! ボケッと見てねえでおまえも働け!」
「ボケッとなんかしてません!」
リンがムッとする。馬上で、右手と左手を同時に動かす。空中に青い軌跡が出現した。
傭兵の隊長がハッとする。
「第二種術式文字! 錬時術師か!」
片目の頭領が吼える。馬の腹を蹴って、舞い狂うレギウスに突進する。たまたま頭領の進路にいた不運な山賊が、馬のひづめにかかって獣じみた悲鳴をあげた。
「結式──凍輪(とうりん)」
リンの術式が完成する。空中の青い文字が白い光を放つ。
リンの周囲の時間の流れが極端に遅くなる。一秒が数秒に、一分が数分に引き延ばされた。
隊長の声が間延びする。レギウスに向かって突っこんでいく頭領の馬の動きが遅くなった。片目の頭領の口から耳ざわりな低い声が洩れでる。
勢いを失った時間の流れのなかで、リンと彼女の護衛士であるレギウスだけが普通の速さで動くことができた。緩慢な時間の流れのなかに囚われた人間から見れば、リンとレギウスは常人の数倍の速さで動いているように思えるだろう。
レギウスはまだ立っている盗賊を〈神の骨〉で片端から斬りつけた。これぐらいなら誰にでもできる単純作業だ。体術も剣技も必要としない。無心に刀を振り、男たちを次々に沈めていく。男たちはゆっくりと苦悶の表情を浮かべ、踏み荒らされた泥のなかへと倒れ伏していった。
片目の頭領が空中で凝固していた。頭上に巨大な山刀を振りあげ、目を大きく見開いて前方をにらみ据えている。
作品名:銀の錬時術師と黒い狼_魔の島 作家名:那由他