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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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第八話 異端審問庁


 リンを背負って、地下階層をつらぬく螺旋階段を昇っていく。
 リンは目を覚まさない。ぐったりとしている。先を歩くオウズが心配げにチラチラと振り返る。そのたびにレギウスは歯をむいて威嚇する。
 灰色の女神がリンになにをしたのか、およその見当はついた。冥界の王が〈死者の書〉を解読する術式を知っているのなら、当然に灰色の女神も知っているはずだ。もしかしたら、〈死者の書〉を書いたのは彼女なのかもしれなかった。
 ターロンがなにをたくらんでいるのかはわからないが、目的を達成するためには〈死者の書〉の内容を知ることが必要だったらしい。〈死者の書〉を読むことができればターロンの目的もわかる。灰色の女神はそれをリンに教えた。リンが目を覚ませば、〈死者の書〉になにが書かれていたのか、話してくれるだろう。
 地上階に着いたところでリンが目を覚ました。レギウスの背中から降りる。顔色は悪いし、まだ足元がふらつき気味だが「歩けます」と主張して、レギウスの手助けをやんわりと断る。
 オウズがつきることのない語彙(ごい)の泉を駆使してリンの不調を案じ、その原因がさもレギウスにあるかのように彼をなじる。レギウスは〈神の骨〉の柄に指が伸びる。
「そんなに心配しないでください」
 リンが穏やかに微笑むと、オウズの長広舌(ちょうこうぜつ)がピタリと止まる。まだなにか言いたげな顔をしている司書に、リンは高濃度の笑みをかぶせる。
「それから、お気持ちはうれしいんですけど、あなたから血を分けてもらうつもりはありません。わたしにはレギウスがいますから」
 オウズが赤面する。恨めしそうにレギウスを上目遣いでにらむ。嫉妬しているのかもしれない。レギウスにしてみれば、そんなにうらやましがられるほどの立場ではないように思うのだが、護衛士の心持ちなど図書館の司書ごときに実感できるはずもない。
 複雑な顔つきのオウズに見送られて、リンとレギウスは〈第二図書館〉をあとにする。
 リンはさっきよりも顔色がよくなってきたが、疲れきったような表情をしていた。ほつれた銀髪が汗を吸って頬にべったりと張りついている。
「レギウス、ターロンの目的がわかりました。彼は……」
「いい。ムリすんな。こんなところでしゃべることじゃねえし、おまえ、見るからに体調が悪そうだぞ」
「ですが……」
「ひとまず〈三日月の湖亭〉に帰ろう。ひと休みしてからおまえの話を聞くよ」
「……はい、わかりました」
 運河に架けられた橋をいくつも渡り、行きに通った第二の城壁の城門を目指して、きれいに整った街路を歩いていく。
 城門の手前の四角い広場で背後から呼び止められた。振り向くと、濃緑色の装束に身を包んだ男が広場の向こうから息せき切って走ってきた。男の後ろには臙脂色(えんじいろ)の軽装鎧を着こんで槍を持った十人ほどの兵士が続いている。
 ひと目ですぐにわかった。槍で武装した兵士は、〈統合教会〉の僧兵だ。着ている服の色からすると、僧兵を指揮している濃緑色の服の男は、〈統合教会〉の懲罰執行機関である異端審問庁の僧官だろう。
 レギウスは舌打ちする。異端審問庁の僧官はいちばん出会いたくない相手だった。連中は巨神の信徒ばかりではなく、吸血鬼や竜にも敵意を抱いている。こんなところで呼び止めたところからすると、リンが吸血鬼であることを知っているのだろう。面倒なことが起きそうな予感がした。
 僧兵たちがリンとレギウスを取り囲む。槍をかまえた。広場にいた人々があわてて後退する。足を止めて興味深げに成り行きを見守っていた少数の通行人を、僧兵が邪険に追い払う。小さな反発の声と僧兵の恫喝(どうかつ)の声が飛び交う。
 異端審問庁の僧官がふたりの面前に立った。まだ若い男だ。レギウスとそれほど歳は違わない。頭は地肌の静脈が透けて見えるほどツルツルにそりあげていて、眉毛も一本残らずそり落としていた。ジロジロとあけすけな視線でリンとレギウスをながめる。肉の厚い唇の端に侮蔑をこめた皺が寄った。
「見つけたぞ、化け物め。おとなしくしてもらおうか」
「わたしはなにもしていません」
 リンが冷ややかな声で抗議する。僧官が憎々しげにリンをにらむ。灰褐色の瞳の奥に狂気じみた暗い情念が吹きすさんでいた。
「黙れ、化け物。きさまの意見は訊いていない!」
「わたしは……」
「〈銀の錬時術師〉のリン、だな。こっちの男が〈黒い狼〉のレギウス。どっちも人殺しの大罪人だ」
 リンが押し黙る。僧官の言葉をあえて否定しない。レギウスは周りを包囲する僧兵の無感動な顔を見回す。人数を数えると十二人だった。油断なく槍をかまえてこちらの様子をうかがっているが、所詮は市内の警備がおもな任務の雑兵だ。レギウスが本気を出せば倒せない相手ではない。
 レギウスのわずかな殺気の放出を目ざとく察知したのだろう、リンが小さく首を横に振って牽制する。抵抗しないように、という指示だ。レギウスは内心で悪態をつく。抗弁したい気持ちがわきおこってくるが、リンから目顔できつく制止された。
(どうしておれたちがここにいることを知ってるんだ?)
 レギウスの心のうちを読み取ったかのように、僧官が吐き捨てる。
「きさまらがこの都市(まち)へ来ることを報せてくれた信仰心のあつい信者がいたんで、ずっときさまらには監視をつけていたのさ。思ったとおりだ。きさまら、あの竜の化け物とも接触してたな。どうやら化け物同士で気が合うとみえる」
 僧官が残忍な笑みを浮かべて舌なめずりをする。
 レギウスの脳裏に髭面の傭兵の顔が思い浮かんだ。トマ。ガイルが雇った傭兵たちの隊長を務めていた男。別れるとき、意味ありげにあざ笑っていた。その意味が、いま結実した。
(密告したのはヤツか! クソッ、あの野郎……)
「きさまが吸血鬼の錬時術師か」
 僧官が一歩前に出て、間近からリンの顔をのぞきこむ。
 リンは唇をキッと引き結び、なめるような僧官の視線に耐えた。
 僧官の視点が銀髪の少女の美しく整った顔立ちから首、胸へとすべり落ちていく。目を大きく見開き、ふくよかに盛りあがったリンの胸をつぶさに観察する。どす黒い悪意がこびりついた、いやらしい目つきだった。リンがとっさに目配せしなかったら、レギウスはその場で僧官を殴り倒していたかもしれない。
「ほう、うわさに聞いてたとおりだな。吸血鬼の女というのは、全員が絶世の美女だというが……そのかわいい顔とこの身体で何人の人間の男を誘惑してきたんだ、あん? この男はきさまのエサだろ?」
「てめえ、いい加減に……」
「やめなさい、レギウス」
 リンが鋭い声で叱責する。僧官を見返し、落ち着いた口調で話す。
「法に触れるようなことはなにもしていません。わたしたちを通してください」
「ハッ! きさまらには嫌疑がかかってる。巨神の信徒を煽動(せんどう)して、暴動を起こそうとたくらんでるそうだな」
「そんなことは……」
「黙れ! きさまらを〈僧城〉まで連行する。抵抗するんじゃないぞ」
 リンの柳眉(りゅうび)が持ちあがった。なおも抗議しようとして口を開きかけたが、僧官の険悪な面持ちにぶつかって口許を固く引き結ぶ。