小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

INDEX|27ページ/74ページ|

次のページ前のページ
 

 オウズは彫像のように固まって、身動きひとつしない。まばたきすら忘れて、神と一体化したリンに視線を注いでいる。女神のほうは彼を一顧だにしなかった。
「知りたかったのでしょう? ターロンという錬時術師がなんのために〈死者の書〉を持ちだしたのか、そのわけを。わたしが教えてあげます。ターロンを止めなさい。さもないと最悪の場合、この地上がわが眷族(けんぞく)に蹂躙(じゅうりん)されることになります」
「……どういうことだ?」
「ターロンを使嗾(しそう)したのは、地上を取り戻そうと画策しているわが眷族──〈傀儡師(くぐつし)の座〉という同盟に名を連ねる者たちです。彼らに裏で力を貸しているのが、わたしの双子の弟──あなたたちが冥界の王と呼ぶ裏切り者ですよ。〈傀儡師の座〉は〈世界のはざま〉と地上とをつなぐ〈黄昏(たそがれ)の回廊〉の封印を破壊しようとしています」
「なんだって?」
「考えてもごらんなさい。〈死者の書〉を読み取る術式をターロンがどうやって知りえたのか──誰が彼に教えたのか。〈傀儡師の座〉のひとりが〈黄昏の回廊〉を通り抜けるのに手助けしたのは何者なのか。答えはそれほど難しくありません」
「……冥界の王か! ヤツがターロンに教えたのか!」
「〈死者の書〉に書かれた術式を執りおこなうために、ターロンはわたしたちのしるしを受け入れました。あなたたち人間の言葉で言えば、彼は巨神と〈魂の契約〉を結んだのです」
「なぜ……」
 それまで押し黙っていたオウズが言葉を喉につまらせながら、
「なぜそんなことを教えてくれるんです? 冥界の王とあなたは一心同体でしょうに。この世界の支配権を取り戻すのがあなたがたの悲願じゃないんですか?」
 それまでオウズを無視していた女神は、初めて彼のほうへ顔を向けた。女神の視線を浴びて司書の頬がひきつる。その様子を、まるで路傍の石が坂道を転げ落ちるのを見物しているかのように、無味乾燥な眼差しで彼女はながめていた。
「わたしは自分の子供たちである五柱の神々と敵対しましたが、ある一点に関しては彼らと意見を同じくするのですよ」
 女神が浮かべた笑みは感情のこもらない、無色透明なものだった。
「わたしはこの世界を壊したくないのです。この世界は……わたしがつくりだしたのですから」
 女神の双眸(そうぼう)がレギウスへと回帰する。彼女の緑色の瞳で見つめられると、肋骨のあいだから飛びだしていきそうな勢いで心臓が早鐘を打った。
 女神が床に落ちていた〈死者の書〉をおもむろに拾う。ページをめくり、一度、深呼吸。開いたページに指を置き、レギウスには理解のできない言葉でつぶやく。
 〈死者の書〉が白い強烈な光を放つ。ページから黒いものが飛びだしてきて、女神の胸にスッと吸いこまれる。
 黒いものは、文字だった。第二種術式文字。
 本に書かれた文字が閃光とともに紙面から飛びだし、女神の宿った銀髪の少女の身体に音もなく吸収されていく。何時間もそれが続いたような気がしたが、実際はほんの一、二分だったのに違いない。
 不意に光がしぼみ、女神は静かに本を閉じる。
「行きなさい、レギウス。彼女といっしょに……」
 女神が自分自身──リンを手で示す。リンの手の甲に、黒々とした複雑な字形の文字が重なり合い、渦を巻いていた。まるで彼女の肌を喰らいつくす寄生虫のようだ。
「どこへ……おれたちはどこへ行けばいいんだ?」
「それはすぐにわかります。わたしが教えるまでもないでしょう。彼女を頼みますよ、レギウス……」
 とうとつに女神は立ち去った。
 くずおれたリンの身体をレギウスはあわてて抱き止める。リンに意識はない。当分、目を覚まさないだろう。以前、リンが話したことによると、神が憑依しているあいだはかなりの体力を消耗するらしい。吸血鬼である彼女は人間にくらべたら何倍も頑健だが、それでも女神を体内に宿すにはあまりにも非力な存在であった。
 オウズは顔だけではなく、唇まで真っ青にして、放心したように立ちつくしていた。言葉も出てこないらしい。レギウスが声をかけると、ビクンと背筋を縮め、血走った目を彼に注ぐ。
「上に戻ろう。もうここに用はない」
「リンさんはどうするんですか?」
「おれが運んでいく。いまは力がありあまってるから、背負ったところでどうってことはねえよ」
 オウズは唇をなめた。さまざまな感情が彼のうちでせめぎ合っているのが、その表情からうかがわれた。ぐったりとしたリンに手を伸ばし、少しためらってから、彼女の垂れた銀髪を指ですくう。
 リンは浅く、早い呼吸を繰り返している。額やこめかみに浮いた小さな汗の玉が銀髪にからまって、光の粒を乱反射させていた。
「なんだかひどく苦しそうです。大丈夫でしょうか?」
「血を飲めば元気になるさ。リンにとっては特効薬みたいなもんだからな」
「……ぼくの血を捧げたらリンさんは回復すると思いますか?」
「さあな。おれにはわからん。なんといっても、あんたの血はまずそうだしな……」