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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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「あなたたち、退出なさい。それからお客さまをおもてなしする準備をするように。ここへお茶を運んできなさい」
 ジスラの指示に四人の美青年が唯々諾々(いいだくだく)と従う。台座の背後にある小さな扉からゾロゾロと退出していく。彼らと入れ替わりに、三つの茶碗を盆に載せて、さきほどの金髪の青年が部屋に入ってきた。
 ジスラが、リンとレギウスに自分の面前に座るよう、手でポンポンと床をたたく。ふたりがジスラの対面に腰を落ち着ける。金髪の青年は三人の前に湯気の立つ茶碗を置き、一礼して部屋を辞した。
「帝国産の黒葉茶(こくようちゃ)ですわ。やはり本物は香りが違いますわね」
 ジスラは茶碗から立ちのぼる湯気を吸いこんでうっとりとする。リンとレギウスも茶碗を持った。赤黒い液体が茶碗の半分ほどを満たしていた。甘い香りがレギウスの嗅覚をくすぐる。口に含むと、鼻がスッとするような清涼感が口中に広がる。かすかな甘味が舌に心地よい。お茶の味にうといレギウスでも、これが最高級品だということはわかった。お茶を飲んだリンが感嘆の吐息をつく。
「ジスラ、なにか知っていたら教えてもらいたいのですが……」
 リンはキシロ三爵から依頼された仕事の内容をかいつまんで話した。黙って話を聞いていたジスラは、リンが語り終えると難しい表情をつくった。
「そうでしたの。それでわたくしのところへ来たのですね。得心がいきましたわ」
「それで、なにか心当たりでもあるのか?」
 レギウスの問いかけにジスラは優雅に肩をすくめる。お茶を飲み干し、緩やかに波を打つ赤銅色の髪の房を、爪の長い指先でもてあそびながら、
「ティレスのことはご存知ですかしら? わたくしと同じ、この国に住む竜ですわ」
「はい、名前だけは。会ったことはありませんけれど」
「わたくしの友人ですわ。旧大陸にいたときからの付き合いでしたの。そのティレスがつい最近、何者かに殺されましたわ」
 レギウスはリンと顔を見合わせる。リンは目をパチクリさせている。
「殺されたって……竜が、ですか?」
「ええ、全身を切り刻まれて。それはむごたらしい殺され方でしたわ。ティレスを殺した犯人はわかっていませんが、わたくしは人間の仕業だとは思っておりませんのよ」
「そうか! そんな事件があったから、扉の封印を強化してたんだな?」
「どこまで有効なのかはわかりませんけど。なにせ相手は人間(ひと)ならざる者でしょうから」
 人間(ひと)ならざる者──ジスラのその示唆は、彼女の友人の竜を殺した犯人が同族の竜か、もしくは神々であることをほのめかしていた。
 おそらく後者だ、とレギウスは思った。それも状況からして五柱の神々であるとは考えにくい。となると巨神か、彼らの配下だろう。
 巨神の隠れひそむ〈世界のはざま〉と地上とをつなぐ細長い回廊──〈黄昏(たそがれ)の回廊〉を通過して、この世界にやってきた巨神の一族がいたのだ。そいつが竜を殺した。
(いや、〈黄昏の回廊〉は五柱の神々によって封印されてる。巨神でさえ通過できないはずだ。じゃあ、竜を殺したのは……同じ竜か?)
「そして、もうひとつ。ティレスの体内からは時晶が抜かれていました。おそらく、竜の持つ時晶が目当てでティレスを殺したのだとわたくしは思いますわ。竜ひとりで人間二千人分の時晶が採取できますからね」
「時晶を? そんなの、人間の錬時術師しか使い道がないのに……」
 口にしてから、レギウスはハッとする。
 ターロン。キシロ三爵の息子は、〈統合教会〉に所属する錬時術師となっていた。
「これもお教えしますわね。十日前の夜、〈第二図書館〉に賊が押し入ったそうですの。なんでも、犯人は錬時術の使い手であるとか。朝になるまで蔵書を盗まれたことに気づかなかったようですわね」
「〈第二図書館〉に侵入した賊が、ティレスを殺した犯人とつながってる、ということですか?」
「ティレスの体内の時晶が持ち去られてたこと、〈第二図書館〉から蔵書を盗んだ賊が錬時術の使い手であること、さらにローラン殿下が追ってる貴族の息子が錬時術師であること……偶然にしてはできすぎてると思いませんこと?」
「〈第二図書館〉に賊が押し入ったのが十日前って言ったよな? ターロンが七人の僧兵を殺して〈僧城〉を脱走したのも……クソッ、十日前だ!」
「実に興味深い一致ですわね」
 ジスラが冷然と微笑む。金色の瞳が強い輝きを放った。
 リンは顎に指を押しつけてしばらくのあいだ考えこんでいたが、茶碗を下に置くと平坦な口調で言った。
「〈第二図書館〉から盗まれた本がどんなものか、知っていますか?」
「いいえ、そこまでは知りませんわ。殿下が直接、お訊きになってはいかがかしら? 〈第二図書館〉にも殿下のお知り合いがいるのではなくって?」
「ええ。司書のひとりを知っています」
「司書って、ヤツのことか?」
 レギウスは口をへの字に曲げる。軽薄そうな男の馬面がレギウスの脳裏にちらついた。あまりいい印象は残っていない。向こうもレギウスのことをこころよく思っていないだろう。
「わかりました。彼に訊いてみましょう。きっと協力してくれるはずです」
「ああ、そうだな。ヤツだったら、喜んでおまえのいうことをきくだろうよ」
「不満そうですね、レギウス。彼のことが嫌いなんですか?」
「嫌いだね。いますぐ冥界の王の王国へたたき落としてやりたいぐらいだ」
「いいひとですよ? わたしには優しくしてくれますし」
「それはおまえが女だからだろ。ヤツは女だったら誰でもいいみたいだからな」
「とにかく」
 ジスラが軽く咳払いをして、リンとレギウスのあいだに割って入る。
「今日はもう時間も遅いですし、おふたりともここに泊まってはいかがかしら?」
「ですが……」
「ごちそういたしますわよ。ちょうど活きのいい新鮮な食材が手に入りましたからね」
「それは楽しみですね」
 レギウスは口のなかでうめく。ジスラはオーホッホッホとせせら笑って、小さな牙をのぞかせる。
「それでは通商金貨で三十枚いただきますわ」
「「は?」」
 凝固するふたりに向かって、ジスラは獰猛な笑みを口許にちらつかせた。
「あら、わたくしからタダで情報をせしめるおつもりでしたの? わたくし、何人もの従者を養っていかなくてはなりませんのよ? お料理だっておカネがかかりますからね……」