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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 ジスラの〈城〉の入口の扉だ。
 人間の背丈よりも少し大きな、四角い枠のかたちが暗闇のなかに浮きあがっていた。
 入口の前で立ち止まり、リンが右手をあげる。手を動かした。空中に青い軌跡が走る。第二種術式文字。その動作が、中途半端な位置で止まる。リンは眉をひそめた。
「どうした?」
「……封印が強化されています。以前にジスラから教えられた鍵では開きません」
「なんだって?」
 レギウスは青白く光る扉をしげしげと見つめる。押したところで開かないことは承知していたが、扉に両手を押し当てて力をこめてみた。案の定、ビクともしない。扉をドンドンとたたく。
「ジスラ!」
 大声で呼びかけた。レギウスの声がひび割れたこだまを残して、凍てついた闇の奥へと呑みこまれていく。
「いるのか? ここを開けてくれ!」
「うるさいですわね!」
 扉の向こうからキンキンと響く女の声が届いてきた。あまりのやかましさに、リンが顔をしかめて耳を両手でふさぐ。
「お待ちなさい。いま開けますわ!」
 扉が音もなく内側に開く。内部からこぼれ落ちてきた明るい光にレギウスは目をそばめる。
 開かれた扉のすぐ内側にふたりの青年が立っていた。見目の美しい青年だ。
 ひとりは淡い金髪に濃褐色の瞳。もうひとりは黒髪に灰色の瞳。ふたりとも、筋肉で盛りあがったたくましい身体に、肌が透けて見えるほどの薄い生地でできた上衣と腰着をほんの申し訳程度にまとっている。
 リンの視点がふたりの青年の顔から胸、胸から腰へとすべっていく。腰から下の、もっこりとふくらんだ一点をマジマジと凝視して、ポッと顔を赤らめた。
 レギウスはあえてなにも言わなかった。ジスラの個人的な趣味にあれこれと意見するつもりは毛頭ない。
「お待ちしておりました、リンさま」
 金髪の青年が優雅な仕草で頭を下げる。白い歯をのぞかせて微笑んだ。リンが笑みを返す。まだ心持ち顔が赤い。
「さあ、どうぞこちらへ。ご主人さまがお待ちかねです」
 黒髪の青年が先に立ってゆっくりと歩きだす。そのあとをリンとレギウスはついていった。金髪の青年はふたりの後ろについた。
 前を向いていると黒髪の青年のひきしまった背中と尻しか見えないので、レギウスは廊下の両側に視線を投げた。ここへは以前に一度、来たことがあったが、そのときとだいぶ様相が異なっていた。
 一般的な建築材である灰緑色の石化樹(せっかじゅ)の羽目板で仕上げた壁と床。天井からつりさがった複雑な彫刻の灯台。灯台にくくりつけられた真新しい蛍光樹の光がやたらとまぶしい。等間隔に置かれたタマゴ型の壁龕(へきがん)のなかには明るい黄色の花瓶が据えられ、虹の色をした大輪の花々がすっきりと背筋を伸ばしていた。
 前はもっと殺風景な場所──石化樹の羽目板なんかじゃなくて、岩盤をくりぬいたような岩がむきだしの廊下を通っていった記憶があるのだが、どうやら入口は同じでもその先に通じる廊下が違っているようだ。
(……封印を強化しなければならないような事情があるみたいだな)
「どうぞ、お入りください」
 黒髪の青年がにこやかな笑顔で重厚な扉を押し開け、なかに入るよう身振りで促す。
 この隠された〈城〉の主人であるジスラは、本人が「謁見の間」と自称する広い部屋でふたりを待ち受けていた。この場所は以前と同じだった。
 奥行きのある楕円形の部屋。壁は雪のように真っ白な白装樹(はくそうじゅ)の化粧板をはめこんであり、夜空の星座のかたちを模して天井に配置された灯台の青白い光が、地上に墜ちた星屑のような小さい光の粒を壁面にきらめかせていた。
 部屋の真ん中に段をつけて高くした円形の台座が置かれていた。その台座に、裸同然の四人の美青年をそばにはべらせた妖艶(ようえん)な美女──ジスラが頬に片肘をついて横向きに寝そべっている。
 部屋に入ってきたリンとレギウスを目にして、ジスラが艶然(えんぜん)と微笑む。台座の上で渦を巻く朱金色の長い髪、青味を帯びた白い肌、血のように紅い唇。なによりも印象的なのは、彼女の双眸(そうぼう)だった。人間のものではない、縦に割れた金色の瞳がキュッと細められる。紅い唇の隙間からは小さな牙がのぞいていた。
 そう、ジスラは人間じゃない。
 リンと同じく、巨神の被造物──人間の姿を借りた竜だ。
 竜のほとんどは旧大陸の北部にある彼らだけの王国に住んでいるが、新大陸にも少数ながら住みついている者がいた。ジスラはそうした変わり者のひとりだった。
「こんにちは、ジスラ」
 リンはジスラにからみつく四人の美青年をチラリと一瞥(いちべつ)して、
「あいかわらずですね、あなたの趣味は……」
「ごきげんよう、帝国の皇女殿下。わたくしの城にようこそですわ」
 ジスラがおもむろに身体を起こす。リンの批判的なセリフは歯牙(しが)にもかけない。
 ジスラがあぐらをかいて台座に座ると、半分はだけた桃色の上衣から豊かな胸のふくらみの谷間がのぞいた。
 挑発的な物腰にレギウスが反応らしい反応を示さないでいると、ジスラの唇の端が持ちあがった。
「そちらの坊やも歓迎いたしますわよ」
(まあ、あんたからすればおれなんか坊やだろうけどな……)
 坊や、とからかわれても、三百年を生きてきた竜に抗弁する気持ちにはなれない。
「わたしはもう皇女なんかじゃありません」
 リンが否定すると、ジスラは喉を鳴らして小さく笑う。
「あら、わたくしにとっては、あなたはいまでも帝国の皇女殿下ですわ。〈青き血を継ぐ者〉の血脈は、たったひとつの追放令なんかで消せるものではなくってよ、ローラン殿下?」
 リンは吐息をつく。ジスラは、旧帝国の宮務省が元皇女に押しつけた追放者の名前──「リン」といういまの名前──を決して口にしない。リンもジスラに強要はしなかった。
「それで、今日はどういうご用向きかしら?」
 ジスラの右手が、両膝をついて主人のほうに身を乗りだしてきた美青年──亜麻色の髪をした肌の浅黒い男の顎をなでさする。青年が気持ちよさそうに目を細める。まるでネコみたいだ。ジスラの右手が彼の顎から肩、胸へと伝って、下腹部を優しくなでる。
 リンはまたもや顔を赤らめた。青年を愛撫するジスラには顔を向けようとせず、床に視点を落として、
「あなたに訊きたいことがあります。知っていたら教えてください。その前に……お願いです、そのひとたちに席を外してもらえませんか?」
「まあ、心外なお言葉ですわ。わたくしの従者がお嫌いですの?」
「いえ、その、どうも気が散るので……」
「おれもあまり男の裸は見たくねえな」
「では、こうしましょう。殿下の護衛士を一時的に拝借して、わたくしのそばに……」
「断る!」
「レギウスはわたしの護衛士です。モノじゃないんですから、貸すわけにはいきません」
「一週間、殿下にはなんでもお好きなものを食べていただく、という条件ではいかがかしら?」
「…………」
「おい。そこで真剣に悩むんじゃねえ!」
「いやですわ。冗談ですわよ」
 オーホッホッホとジスラは口に手を添えて高笑いする。金色の瞳がレギウスをとらえる。舌なめずりした。レギウスは背筋が寒くなってくる。