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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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第四話 太陽の都


 翌朝。
 宿を発つリンとレギウスを、ガイルと傭兵たちが一列に並んで見送った。
「頼みましたよ、リンさま」
 ガイルは五神教徒の印を切って、リンとレギウスに祝福を与えた。
「吉報……いや、そうとも呼べないかもしれませんが、キシロ三爵閣下が安心されるような報せを待っています」
 そう言って、深々と頭を下げる。ガイルに旧帝国の皇女だったリンに対する偏見はない。それをいうなら、〈統合教会〉からは「異端の邪宗」とそしられている〈光の軍団〉の士官だったレギウスに対する嫌悪もないようだ。
 〈統合教会〉の僧官のなかにはガイルのようにあけっぴろげな人物も多い。だが、竜や吸血鬼を「化け物」と排斥する者たち──五柱の神々の被造物である人間の優越性を信じてやまない「人類至上主義者」が、ガイルのような穏健派よりも圧倒的に多いのだ。それは五神教徒だけではなく、六神教徒でも変わらない。
 トマが陰気な目でリンとレギウスをながめていた。レギウスと一瞬、視線がすれ違う。トマがかすかに口許をゆがめる。まるでネコが捕まえてきたネズミをもてあそぶような、陰惨な期待をこめた笑みだった。
(あいつ……気に入らない野郎だ……)
 道を曲がって見えなくなるまで、トマの陰湿な眼差しが背後から吸いついてきた。

 この国──〈殉教者の第一王国〉の最大の都市であり、王都でもある〈太陽の都〉までは馬を走らせて三日の距離だった。
 王都へと続く黒泥(こくでい)レンガの街道の両側には、見渡すかぎり黄色い稲穂を実らせた田んぼが続いていた。秋の気配をはらんだ涼しい風が地平線の彼方から吹き渡ってくると、まるで黄金の波のように稲穂がいっせいにひるがえって、サワサワ、サワサワとさんざめく。
 街道ですれ違う行商人や農夫が陽気な声であいさつしてくる。この国を南北に縦断する大河のきらめきが稲穂の海の向こうに見え隠れしていた。
 月の女王はレギウスにだけ〈太陽の都〉へ向かえ、と伝えていた。リンのもとにも月の女王が訪れていたが、今回の仕事のヒントとなるようなことはいっさい口にしなかったそうだ。七日後の日食──それまでに仕事を終えるようにと示した期限についても言及しなかったらしい。
 月の女王となにを話したのか、とレギウスが尋ねると、顔を真っ赤にしてリンは押し黙ってしまう。リンが風呂に入るまでにずいぶんと時間がかかっていることからして、よほど親密な──あの女神のことだからレギウスにしたのと同じような──話し合いがもたれたのだろう。レギウスも無理に聞きだそうとは思わなかった。
 途中は宿屋を利用せず、農家の納屋を借りて寝泊まりした。うっかり設備の整った宿屋なんかに泊まろうものなら、リンの胃袋が落ち着くまで最低でも二日間は宿屋から動けなくなるからだ。だから急ぎの旅のときは宿屋に泊まらないことにしていた。
 リンは不平たらたらだったがレギウスは耳を貸さなかった。リンの「わたしがあなたの主人です」という主張には、「いまは仕事が優先だ」で応酬する。リンは恨めしげな顔でレギウスをにらむが気にしてはいられない。
「……せっかくおカネがあるんだから、おいしいものが食べたいです」
「ガマンしろ。〈太陽の都〉に行けばいくらでも食えるじゃねえか」
「レギウスはやっぱりケチです。スケベです。変態です」
「フン。なんとでも言え」
 リンは最初、空腹で機嫌が悪いだけだったが、これが二日目になると涙で目をウルウルさせて「お腹が空いて夜も眠れません」と泣き落としにかかってきた。これにはさしものレギウスも対抗できなかった。なので、昼食に寄った食堂ではいつもより多めに食べさせてやった。
(それにしてもよく食べるな、この女は……)
 目の前に並べられた料理の皿を猛然とたいらげていくリンを横目でうかがって、レギウスはいまさらながらあきれ返る。見かけはかわいらしい銀髪の美少女なのだが、リンはレギウスの数倍の量を食べていた。それでもちっとも太らないのは、それだけなにかにエネルギーを消費しているからだろう。
 吸血鬼は生命力の強さが根本的に人間と違うのだ、と最近になってレギウスは思うようになってきた。それは身体能力や寿命の長さだけにとどまらない、種としての生存能力の違いだ。
 リンは人間の錬時術師と異なり、錬時術を駆使するときに液体の時晶を必要としない。
 時晶は「無」から生まれた最初の女神──始原の太母(たいぼ)の血液だといわれている。
 時晶は時間を動かす原動力だ。時晶が蒸発することでこの世界の時間は流れていく。人間の体内にもわずかながら時晶は存在するが、自分の体内にあるそれを錬時術に使うことはできない。
 人間の錬時術師が使う液体の時晶は、その大半が人間の死体から抽出したものだ。だからおのずと量も限られてくる。放置すると蒸発してしまうので備蓄するのも難しい。
 しかし、リンは体内の時晶を使ってかなり大がかりな錬時術を展開することができた。要するに、始原の太母(たいぼ)とのつながりの強さが人間のそれとは段違いなのである。
 そのつながりを応用したのが錬時術師と護衛士とのあいだの絆だ。生命力の強さはそのまま絆の強さでもある。錬時術師と護衛士とのあいだの情愛──精神的なものばかりではなく、肉体的な交接も含めて──が重要視されるのも、すべての生命の源泉である始原の太母(たいぼ)とのつながりを太くするためだった。
 旺盛な食欲も、満月と新月の夜の吸血行為も、すべては強靭な生命力を維持するためのものなのだろう──レギウスはそう理解していた。
 だからリンが「食べたい」というときには好きなだけ食べさせているのだが、それにしても限度というものがある。当り前だが、カネだって使えばなくなる。レギウスだって食べなければならない。
 やむにやまれぬこととはいえ──三日間、リンに空腹をガマンさせるのは並大抵のことではなかった。

 田んぼのなかを蛇行する黒い街道をひたすら東進して、三日目。
 ようやくリンとレギウスは〈太陽の都〉に着いた。
 国土の真ん中を流れる大河とその支流との合流点に位置する〈太陽の都〉は、三重の城壁に囲まれた難攻不落の城塞都市だ。街の三方は天然の堀である川に縁取られ、背後には鋭い棘で武装した太陽草の繁茂する湿地帯が広がっている。いちばん外側の第三の城壁は灰褐色の巨石を積みあげたもので、等間隔に置かれた円筒形の物見塔の屋上には、太陽の王を図案化した三角形の国旗が風に翩翻(へんぽん)とひるがえっている。
 城門をくぐって市内に入ると、リンは馬首を新市街──第二の城壁と第三の城壁とのあいだに広がる雑多な区域へと向けた。
 一般市民の居住区である新市街は、いつ来ても喧騒(けんそう)の絶えないにぎやかな界隈だ。赤茶けた粘土板で舗装した、曲がりくねった街路の両側には大小さまざまの露店が並び、派手な色合いの服を着た商人たちが声を枯らして客を呼びこんでいた。
 裸同然で走りまわる子供たち。家の前で折り畳み式のテーブルを広げ、赤と青の駒を使った陣取りゲームに興じる老人たち。香辛料の刺激臭に排水溝の腐敗臭が混じり合って、えも言われぬ独特の臭気が空気に充満している。