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紅装のドリームスイーパー

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「やめるんだ!」
 ルウが葵を助けようと駆け寄る。葵の緋袴(ひばかま)を口にくわえ、翔馬の足蹴りの届かないところへ引きずっていこうとする。
 翔馬が攻撃対象をルウに変えた。すばやい蹴りを放つ。黒ネコはヒョイとよける。スピードはルウのほうが格段に速い。翔馬の蹴りが空を切る。ヒットしない。それなのに笑っていた。ケラケラと楽しそうに。
 あたしは歯を喰いしばった。膝に力をこめる。よろめきながらも立った。
 助けたい。花鈴を、葵を、ルウを、みんなを。
 あたしは負けない。負けるわけにはいかない。このまま終わらせたりはしない。
 叫ぶ。声をかぎりに。あたしの想いを言葉にして、正面からたたきつける。
「翔馬! あなたの相手はあたしよ!」
 翔馬の動きが止まる。おもむろに振り向いた。笑みがしぼむ。黒板消しで消したかのような無表情。
「消え失せろ、ドリームスイーパー」
 翔馬がポツリと言い放つ。きしむような声で。
「凝夢──夜の剣(つるぎ)」
 闇の粒子がにじみだし、翔馬の手のなかに漆黒の大剣が出現する。それを両手でかまえ、翔馬が歩み寄ってくる。
 あたしは深く息を吸って、気分を落ち着かせる。
 おそれたりはしない。こわいものなんか存在しない。
 ルウがなにか叫んでいる。聞こえない。葵が顔をあげた。目を大きく見開き、あたしを呆然と見つめている。
 翔馬──いまあたしが戦っている模造品(レプリカント)じゃなく、ホンモノのほうだ──の記憶が胸の奥底から浮上してくる。
 花鈴との記憶。記憶のかけら。いい思い出もあるし、思いだしたくないこともある。
 思い出のなかの花鈴。微笑んでいる。温かく。あるときは泣いている。泣いて、笑っている。
 うれしい気持ち。せつない気持ち。想い、空回りする言葉、かけがいのない日々。
 涙。あたしを突き動かす。涙が燃えて、力となる。沸騰したマナが体内を循環する。
「装夢──ドリームブレイカー」
 光が凝り固まって、あたしの右手にドリームブレイカーが現れる。
「うおおおおおおっ!」
 翔馬が吠えた。大剣を振るう。あたしの頭上に黒い影が落ちてくる。
 あたしはドリームブレイカーで黒い刃を受け止める。青白い火花。翔馬の剣の勢いがピタリと止まった。
 ドリームブレイカーが冷気を吐く。翔馬の剣が白く錆びていく。翔馬が目を丸くする。大剣を引き離そうとした。白く錆びついた刀身があえなく砕ける。
 あたしはドリームブレイカーの刀身に左手の人差し指と中指を添え、切っ先を翔馬に向ける。ドリームブレイカーが大量の蒸気を噴きだして、あたしの視界を白く濁らせる。
「つらぬけ、ドリームブレイカー!」
 ドリームブレイカーを突きだす。翔馬が折れた大剣でドリームブレイカーを喰いとめる。たちまちドリームブレイカーの刃に触れた部分が白く変色した。乾いた音がして砕け散る。
 ドリームブレイカーが翔馬の胸をつらぬき、背中から切っ先が飛びだした。
 あたしは翔馬のラピスラズリの瞳と間近から向きあう。翔馬が信じられない、という顔であたしを見返す。
 翔馬がドリームブレイカーの刀身を素手でつかんだ。ものすごい力を加えて、自分の胸から引き抜こうとする。
 まだ足りない。パワーを削がれたドリームブレイカーだけじゃ翔馬を斃せない。
 ならば──
 ほかの武器を使うのみ。
「装夢──夢砕銃」
 光が凝縮して、夢砕銃があたしの左手に出現する。夢砕銃の銃口を翔馬の額に押し当てた。
 翔馬があんぐりと口を開く。かすれた声が洩れた。
「……そんな……武器をふたつも……」
 射程ゼロの射撃。この部屋のなかでは夢砕銃の威力が減衰するとしても、射程ゼロならば問題ない。夢砕銃の持つパワーを存分に活かせる。
 あたしは息を吸って、夢砕銃のトリガーを引いた。
「雷弾(ライダン)!」
 夢砕銃の銃口から白金色の炎がほとばしった。
 触れたものすべてを消滅させる弾丸は、翔馬の頭部を貫通し、木端微塵(こっぱみじん)に破砕した。

 あたしは、勝った。

 翔馬の身体──夢魔の本体が薄れ、小さな黒い粒に分解して消えていく。
 夢魔の残骸が消えると、そのなかから花鈴が現れた。
 城南高校の制服を着ていた。両手を脇につけて目をつぶり、苦しげに口を半開きにしている。
 あたしは花鈴を受け止めようとしてバランスを崩した。急に支えを失った花鈴が前のめりに倒れこんでくる。
 とっさに手を伸ばして花鈴を支えたのはあたしじゃなく、葵だった。
 葵がたおやかに微笑む。疲労の濃い顔。でも、表情は明るい。
「ついに夢魔を斃しましたね、芽衣」
「……ありがと」
 あたしはペタリと尻をつけて座りこむ。もう立てなかった。ルウがあたしの太腿に飛び乗り、ゴロゴロと喉を鳴らす。金色の眼をうれしそうに細めた。
「おめでとう、芽衣! きみはすばらしいドリームスイーパーだ!」
「……ありがと」
 ほめられても素直に喜ぶ気にはなれない。
 なぜなら……。
「花鈴……」
 花鈴は意識がなかった。葵に肩を支えられて、どうにか立っている。うなだれた顔に亜麻色の髪がまといついていた。
「花鈴は助かったのね?」
「ああ、彼女は……ム?」
 ルウはあたしの太腿から飛び降りて、花鈴の足元に近寄る。気を失ったままの花鈴を見上げ、
「これは……まさか」
「なに? どうしたの?」
 そのとき、床がグラリと揺れた。地震かな、と思ったけど、夢の世界に地震なんてあるわけがない。
 ルウが周囲を見回し、珍しくせっぱつまった声で叫んだ。
「いかん! 夢魔が滅びたせいで要塞が分解しかけてる! ここから逃げるんだ!」
「逃げるって……要塞のなかでは遷移ができないんじゃないの? あたし、走れないよ」
「わたしも花鈴さんを支えたまま走るのは無理です」
「やむをえん。私がきみたちを運ぼう」
「「え?」」
 どうやって、と尋ねる時間はなかった。
 ルウが身震いする。すると身体がひと回り大きくなった。あたしは唖然とする。葵もポカンと口を開けていた。またもや身震い。もっと大きくなった。顔つきが変わる。ネコのそれじゃなく、もっと精悍(せいかん)で野性的なフェイス。
 体長が二メートル近い、巨大な黒ネコにルウは変身した。いや、違う。ネコじゃない。ヒョウだ。黒ヒョウ。筋肉がモコモコの猛獣。
「私の背中に乗るんだ! 早く!」
 あたしは機械的にその指示に従う。萎えた手足を酷使して、なんとかルウの背中にまたがった。つかまる場所がない。ちょうどいいと思って、三角形の耳をつかんだら怒られた。しかたなくルウの太い首にしがみつく。あたしの後ろに花鈴の身体を乗せた。またがらせることはできないので、うつ伏せにしてルウの背中に巻きつける。いちばん後ろに葵がまたがって、落ちないように花鈴の身体を上から押さえつけた。
「行くぞ!」
 ルウが走りだす。夢の世界には慣性の法則が働かない。急加速しても急停止してもまったく影響を受けない。これが現実世界だったら、あたしはまちがいなくルウの背中から転げ落ちていただろう。それぐらい、ルウの加速はすさまじかった。