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紅装のドリームスイーパー

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 あたしの腰をなにかがまさぐる感触。翔馬じゃない。もっと柔らかいもの。すぐにわかった。ルウだ。肉球のプニョプニョとした感触。
 四つん這いになったままのあたしの腰から背中、肩へとルウが移動していく。とがったものがあたしの頬に触れた。ルウの爪だ。頬をなぞっている。最初はわけがわからなかった。頬をなぞる爪の動きが何回か繰り返されて、ようやくルウの意図を察した。
 文字だ。ルウは文字であたしになにか伝えようとしている。
 カタカナだ。最初は「ヤ」。次は「ミ」らしい。

 ヤ・ミ・ヲ・キ・レ。

 闇を斬れ。
 どういうこと、とは問い返せない。あたしは必死に頭をしぼる。
 ぼんやりとした殺気が接近してきた。あたしは立ちあがり、どこかにぶつかるのもかまわずやみくもに駆ける。足元がふらつく。身体にダメージが残っている。まっすぐに走れなかった。肩に黒ネコの重さを感じた。まだあたしから離れていない。
 振り向き、ドリームブレイカーを前方に突きだす。
 ドリームブレイカーになにかが激しく衝突する。指がしびれた。一歩後ろに飛びすさる。あたしの眼前で風がざわめく。
 闇を斬れ。
 そのとき、理解した。ルウの助言の意味を。
 ここは夢の世界だ。であるならば、夢を打ち壊すドリームブレイカーに斬れないものはないはず。たとえ粘性の高い闇であっても。ルウはそれをあたしに気づかせてくれた。
 ドリームブレイカーの柄をにぎりなおす。闇を分断するイメージを頭に思い浮かべる。黒い幕を切り裂く──そう思えば、それほど難しいことでもないような気がした。
 深呼吸。力をこめて、ドリームブレイカーを斜めに振り下ろす。刃が粘着質なかたまりにからみつく。強引に引き裂いた。舞台を隠す分厚い緞帳(どんちょう)を破るように。
 闇に一直線の切れ目が走る。それが見る見る広がって、隙間から白い光がこぼれてきた。
 光があたし自身を照らしだす。ドリームブレイカーをにぎる手、腕と胸。色彩が戻ってきた。
 二本の漆黒の剣を胸のまえでクロスさせて身構える翔馬が、あたしから数メートルと離れていない位置に立っていた。右半身が光を浴びて、背後の暗黒からくっきりと浮きでている。目をつりあげ、野獣のようなうなり声を洩らした。
「私のメッセージをわかってくれたようだな」
 すぐ耳元で、ルウの声。満足げな口調だ。まだあたしの肩にしがみついていた。
「ありがとね。おかげで抜けだせたよ」
 あたしは翔馬から一瞬たりとも目をそらさず、
「もう同じ手はくわないから」
 翔馬は汚らしい言葉を吐き捨てる。溶けていく闇の破片をいまいましげに蹴飛ばした。あたしの周囲の闇はすっかり晴れて、翔馬の全身が光にさらけだされた。が、この広間に立ちこめる闇がすべて消えてなくなったわけじゃない。あいかわらず広間の半分以上が見通しのきかない暗黒に閉じこめられている。葵の姿は見えなかった。まだ闇のなかにとらわれているのだろう。
 あたしの内心を読んだかのように、ルウがそっと耳打ちした。
「葵のことは心配しなくてもいい。彼女は自力で脱出できるはずだ」
 ルウの言うとおりなのだろう。それを信じる。どのみち、あたしには葵を助けにいく余裕がない。痛みが固着して全身の筋肉を錆びつかせている。いまにも膝から力が抜けそうだ。出血はないが、これが現実世界の生身の身体だったらまちがいなく深手を負っていたことだろう。
 そんなに長い時間、立っていられない──あたしは自分の限界を悟る。
 早く決着をつけないと、体内のマナが枯渇する。マナが尽きるとあたしは夢の世界にいられなくなり、花鈴を救うチャンスがなくなる。
 翔馬が歯をむきだして冷酷な笑みを浮かべる。
「どうやらおれの攻撃がきいてるようだな。立ってるだけで精一杯なんだろ?」
 図星だが、もちろんそんな弱みはおくびにもださない。あたしは精一杯の眼力をこめて翔馬をにらんだ。
「いますぐ楽にしてやるよ。ぐっすりと眠りな。きっといい夢を見られるぜ」
「やかましいわね!」
「おれは親切心から言ってるんだぜ?」
 翔馬の身体がたわむ。力をためこんでいる。全力の攻撃がくる──そう覚悟した。
 次の瞬間──
 翔馬の背後の闇がバラバラに砕け散った。まるで真っ黒なガラスが割れたかのような光景だった。小さく砕けた闇のかけらが、鋭利な刃の小剣となって翔馬に降り注ぐ。翔馬の背中にいくつもの闇のかけらが突き立った。翔馬が苦悶の悲鳴を洩らす。
「……まさか!」
 翔馬が肩越しに振り返る。
 粉々に割れた闇のなかから巫女装束の鮮やかな緋袴(ひばかま)がおどりでてきた。
 葵。
 翔馬とのあいだの距離を一瞬でつめる。
「断(ダン)!」
 斬夢刀が空中に銀色の軌跡を引いた。翔馬は身体をひねって、斬夢刀を右手の剣で止めようとする。葵の渾身の一撃がいびつな黒い剣をボキリと折った。勢いを殺さず、そのまま翔馬の右胸から左の脇腹までを深くえぐる。
 翔馬が絶叫する。
 あたしは翔馬に向かってダッシュ。
「切り裂け、ドリームブレイカー!」
 左上から右下へと袈裟斬りを放つ。
 翔馬の反応はすばやい。左手の剣であたしの斬撃をブロックする。あたしは左足のキックを繰りだした。翔馬は右足を動かし、あたしのキックを空中で受け止め、力づくで押し返す。
 葵が飛びこんでくる。斬夢刀の切っ先が翔馬の右肩に喰いこむ。翔馬が悪態をつく。
「奥義──夢狩りの舞い」
 葵が斬夢刀を翔馬の肩に突き刺したまま、奥義発動の言を唱えた。
 斬夢刀が白銀色の強烈な光を放つ。陽炎(かげろう)のようにゆらゆらとたゆたっていた闇の残骸をまばゆい光が喰いちぎり、呑みこんでいく。
 風が渦を巻く。獰猛なおたけびをあげて、まわりの空気が白く輝く刀身に殺到していく。
 葵の黒髪と紅白の巫女装束が、翔馬の闇を塗りこめたような道着が、あたしの金髪のツインテールと深紅の鎧が、巻き起こった旋風に翻弄される。
 葵の身体に蛇身の竜の白い影がからみつき、牙をむいた。
「滅(メツ)!」
 裂帛(れっぱく)の気合。
 葵が軽やかに舞う。おどる、おどる、おどる。
 疾風の神楽(かぐら)。怒涛の刃閃。
 斬夢刀が千本の剣となって翔馬を切り刻んだ。
 とてもさばききれない。翔馬の黒い剣が粉砕される。小鳥に襲いかかる猛禽のごとく、斬夢刀の刃が翔馬の肉をついばむ。翔馬の押しつぶされた悲鳴が、肉を切り裂く不気味な音を圧した。
 それでも、翔馬は葵の猛攻に耐えていた。歯を喰いしばり、顔を腕でかばい、圧倒的な力にズルズルと押されながらもまだ立っている。
 しだいに光の暴風が収まっていく。
 斬夢刀が一閃する。翔馬の道着を切り裂き、皮膚と肉を断つ。
 葵が荒い息をつく。横にまっすぐ伸ばした右手のさきで斬夢刀の刃紋が揺らいだ。
「……それでおしまいか?」
 翔馬がゆっくりと顔をかばっていた腕をおろす。葵の奥義を一身に浴びて、翔馬は見るも無残な満身創痍(まんしんそうい)の状態だった。黒い道着はちぎれ、ボロボロになった袴が腰のまわりにまとわりついているだけ。肌は傷だらけで、パックリと開いた傷口からは鮮紅色のただれた肉がのぞいている。にもかかわらず、翔馬は平然と立っていた。ニヤリと笑って。