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　あたしは葵と目配せする。あたしは右、葵は左にとんだ。左右からはさみうちにする。同時に斬りかかった。
「切り裂け、ドリームブレイカー！」
「斬(ザン)！」
　翔馬の黒い剣が動く。あたしたちの一撃はやすやすと受け止められた。
「フン！」
　翔馬がドリームブレイカーと斬夢刀を弾く。あたしはすかさず翔馬の間合いにとびこみ、剣をなぎ払う。葵は上段から斬りかかった。
　翔馬が右足を軸にして身体を回転させる。ものすごいスピード。まるでフィギュアスケートみたいだ。
「……な？」
　あたしと葵の剣が翔馬の黒い剣とぶつかり、青白い火花を散らす。剣圧が重い。思わず、あたしはたたらを踏んだ。
　翔馬が身体を沈める。右足を軸に据えたまま、左足をまっすぐに伸ばして回転し、あたしの足を払う。
　アッと思ったときには転んでいた。真上から翔馬の左手の剣が降りかかってくる。
「芽衣、危ない！」
　あたしの脳天が割られる寸前に、ルウがあたしの腕を口でくわえてグッと引っ張る。翔馬の剣の切っ先があたしの目と鼻のさきを擦過(さっか)する。
　続けざまに第二撃。今度は翔馬の右手の剣が斜め上から落ちてくる。
「クッ！」
　あたしはドリームブレイカーを頭上にかざして翔馬の剣を受ける。衝撃に腕がジンとしびれた。
　がらあきになった翔馬の背中をねらって、葵が剣を繰りだす。翔馬が後ろを見ないまま、左手の剣で葵の剣撃を止める。葵が目を丸くする。
　翔馬がくるりと回転する。回し蹴りを放った。葵の左の脇腹に翔馬の爪先が深く喰いこむ。葵が悲鳴をあげて吹き飛ぶ。
「こいつ！」
　あたしは立ちあがる。ドリームブレイカーを下から斜め右上に払う。翔馬の右手の剣があたしの剣を振り払う。同時に左手の剣で突いてくる。あたしはのけぞって刺突をかわす。
　あたしの喉元が無防備になった。翔馬の二本の剣が、獲物に襲いかかるヘビのように、あたしの喉をめがけて喰らいついてくる。間一髪、左腕を持ちあげ、腕甲で喉をカバーする。耳をつんざく鋭い打撃音。翔馬の剣があたしの二の腕の皮膚をこすり、傷をつける。
　あたしはバク転をして逃れる。フウと息をつく。
　翔馬は悠然とかまえている。息ひとつ乱れていない。
　強い。こいつはとんでもなく強い。
　翔馬の背後で葵が立ちあがる。斬夢刀を正眼にかまえる。蹴られたところが痛むのか、顔をしかめていた。
「……フム。あやつはきみたちふたりを同時に相手にしてもまだ余裕がありそうだな」
　ルウが他人事みたいな軽い口調で論評する。いつものことながら、黒ネコのこういう態度には脱力感を覚える。
「とんでもなく強いよ、あいつ。ちょっとオーバースペックじゃないの？　実物の翔馬はロクにケンカしたこともない軟弱な男子高校生だよ？」
「薬袋花鈴の願望が多少反映されてるのではないかな。女王を守る騎士(ナイト)がからきし弱いのではおハナシにならないだろう」
「女王を守る騎士(ナイト)なんてガラじゃないよ、翔馬は。弱いままでもいいのに……」
「相手が強いなら、きみがそれ以上に強くなることだ。何回も言うが、夢の世界では強くあろうとすれば、それだけ強くなれる。いまよりももっと強くなりたいと望みたまえ」
　あたしは嘆息する。強くなりたければ自分は強いと信じろ。目の前のこいつよりも。
　わかっている。わかっているけど……言うほど簡単じゃない。
「どうしたの？　翔馬には勝てない？」
　花鈴が高らかに笑う。ゆったりと玉座に腰かけ、完全に観戦モードだ。脈動する朱色の光が彼女の顔に冷淡な陰影を刻みつけた。
「当然よね。翔馬はわたしを守る戦士だもの。絶対に負けたりしないわ」
　あたしはフンと鼻を鳴らす。案に相違して、どうやら花鈴は翔馬に守ってもらいたいらしい。そこまで頼りにされていることをひそかに喜ぶべきなのかもしれないが、いまはとてもそんな気持ちになれなかった。
「芽衣」
　翔馬をはさんで反対側にいる葵が語勢に力をこめて、
「わたしが奥義を使います。普通に戦っていたんじゃ……」
　いきなり翔馬が大声で笑いだした。肩を揺すり、天井を仰いで、傲然(ごうぜん)と笑う。葵はムッとした顔になる。
「……なにがおかしいのですか？」
「いくらおまえたちが小手先の技を使ってもムダだ」
　言うなり、翔馬は頭上に二本の剣をかかげて交差させた。
「凝夢──常闇(とこやみ)のしとね」
　翔馬の剣から真っ黒な蒸気が噴出した。濃厚な闇が膨張し、光を貪欲に呑みこんでいく。
　闇が立ちこめていく。凝然と立ちつくす翔馬も、斬夢刀をかまえたまま身体をこわばらせている葵も、金色の瞳を大きく見開いたルウも、玉座に女王然と座っている花鈴も……なにもかもが漆黒の暗闇に塗りつぶされ、光を失っていく。
「芽衣！」
「葵！　どこ！」
　ほんの十秒ぐらいであたしの視界は闇に閉ざされた。自分の手すら見えない。目を開いているのか、それともつぶっているのかも判然としなかった。
　ねっとりとした闇の奥に向かって呼びかけてみる。ギョッとした。声すらも闇は呑みこんでいく。なにも聞こえない。
　まったきの闇。闇が闇であることすら意味をなさない、始原の暗黒。
　床を踏みしめている感触はあった。ドリームブレイカーをにぎる指の感触も残っている。でも、それだけ。一歩踏みだしたら上下左右すら見失ってしまいそうで、あたしは身動きできなくなる。
「…………」
　唾を呑んだが、音はしない。自分の呼吸音すら闇に吸収されてしまう。
　圧倒的な恐怖が押し寄せてきた。全身にドッと冷たい汗が噴きだす。叫びだしたくなる。叫んでもムダだとわかっていても、あたしの口は呼気を吐き続けた。
　翔馬はこの闇のなかでも動けるのだろう。コウモリが発する超音波みたいに、視覚や聴覚に頼らない感覚を備えているのかもしれない。
　いつ翔馬が襲いかかってくるのか、まったく予測がつかなかった。襲いかかってきたとしても対処するすべがない。敵の姿が視認できなければ、こちらから攻撃を仕掛けられない。
　葵の身が案じられた。彼女がどんな状況に陥っているのか、確認しようがないというのがあたしの恐怖を倍増した。
　落ち着いて、と自分に言い聞かせる。落ち着いて。ここでパニックになったら敵の思うつぼだ。
　ドリームブレイカーを正眼にかまえる。目をつぶった。気配を探る。神経を研ぎ澄まして。
　風を感じた。かすかな風。右足を踏みだし、ドリームブレイカーを振り下ろす。
　手応えがない。闇が動いた。左だ。とっさに身体をひねったが、間に合わない。
　激しい突きを左の太腿に受けた。焼けつくような痛み。
　今度は右肩を打たれた。バランスを崩す。片膝をついた。
　やはり翔馬にはあたしが見えている。攻撃が正確だ。かがみこんだあたしの背中に強烈な一撃が降ってきた。
　うつ伏せに倒れる。息ができない。即効性の毒のように痛みが全身に広がっていく。
　右に転がる。ツインテールの左の髪の房がギザギザの尖端に刺しつらぬかれた。
　四つん這いになって逃げる。濃密な闇が切れ目のない壁となってあたしを包囲していた。
　息をあえがせた。それすらも耳には聞こえない。