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紅装のドリームスイーパー

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 花鈴がため息をつく。心底うんざりしたような口調だ。もう一度、わざとらしくため息。
「新城君、そんなにわたしと戦いたいんだ?」
 いまさらなにを言っても聞き入れてくれないのはわかっている。それでも、言わずにはいられなかった。
「花鈴、もうやめようよ。大勢のひとの夢を奪うことになるんだよ? 花鈴がそんなことを望んでいるとは、あたしには思えない」
「バカね、なにを聞いてたの。わたしじゃなくて、夢魔が夢の世界を壊したがってるのよ。でもね、わたしも気持ちは同じだよ。なくなってしまえばいいんだわ、こんな世界」
「花鈴……」
「もう話すことはないよ。わたしを止めたかったら、わたしを殺して」
 ルウが子供をたしなめるような語調で言い返した。
「きみは私たちに殺されたいのか。それがきみの望みなのかね?」
 花鈴が黒ネコをいまいましげににらみつける。
「ふざけないで。わたしは誰にも負けは……」
「きみは自分自身さえも偽ってる──私にはそう思えるがな。ずっとそうやって生きてきたんじゃないのかな? いつも自分をごまかしてばかりじゃ苦しいだけだろう」
 ルウのストレートな指弾に花鈴が眉をつりあげる。生気にとぼしかった頬が紅潮し、双瞳の奥に瞋恚(しんい)の炎(ほむら)が宿る。
「あなたになにがわかるっていうの? わたしのこと、なんにも知らないくせに!」
「薬袋さん」
 葵がそっと呼びかける。花鈴がキッと唇を引き結んで、葵と目を合わせる。
「確かに、わたしはあなたのことをよく知りません。だから、わたしがなにを言っても、いまのあなたには口うるさい小言にしか聞こえないんでしょうね。でも、これだけはわかってください」
 いったん言葉を切り、葵は穏やかに微笑んでみせる。
「あなたのことを大切に想うひとが必ずいます。あなたは孤独なんかじゃありません。それを、知っておいてください」
 花鈴は返事をしなかった。痛みをこらえるような表情が一瞬、花鈴の顔をよぎる。震える息を吐いた。怒気をこめた声色で、花鈴は言い放った。
「……聞きたくないよ、そんなこと。いまさらどうでもいいじゃない」
「薬袋さん、あなたには……」
「もうやめて!」
 花鈴が金切り声をあげる。葵は言葉を呑みこんだ。
 花鈴がまっすぐにあたしをにらみつける。いびつな微笑が唇に浮かんだ。
「迷ってるんでしょ、新城君? わたしを生かすか、菜月を生かすか……どっちを選んでも選ばれなかったほうが消えてなくなるんだよ。でもね、もうすぐ悩まなくてもよくなるから、安心していいのよ」
 あたしは奥歯をかみしめた。言い返すことのできないあたしを横目でながめて、葵が小さな声で言う。
「芽衣、気にしないで。大丈夫、わたしに考えがありますから」
「え?」
 あたしは葵に目を向ける。葵は無表情を装っていた。なんだか、いつもの葵らしくない。
「わたしを信じて。いまは夢魔との戦いに集中してください。いいですね?」
「……うん」
 葵にはなにか腹案があるらしい。
 あたしは葵を信じた。彼女の言葉が、逡巡(しゅんじゅん)していたあたしの背中を強く押してくれた。
 いまここで決着をつけないと、花鈴を救うチャンスは二度となくなる。タイムリミットの四十八時間が過ぎれば、花鈴の存在は現実世界から永遠に消えてしまう。
 それだけは絶対に阻止しなければならない。どんな犠牲を払ってでも。
 そう、たとえ──思いを言葉にすると、胸に鋭い痛みを覚えた──菜月を死者に戻さなければならなくても。
 葵の秘策が成功して、花鈴と菜月のふたりを助けられればそれでいい。
 結果的に葵の思いどおりにいかなかったとしても、あたしはそれを受け入れよう。
 菜月がいなくなって無力な自分に絶望したとしても、あたしはそれを受け止めよう。
 でも、終わりじゃない。
 菜月が再度、死者に戻っても、あきらめるのはまだ早い。彼女を生き返らせる奥の手がまだあるかもしれないのだ。あきらめたら、そこでホントの終わりだ。
 菜月も救うと誓ったんだから、最後まであきらめたりしない。

 だから、いまは全力で花鈴を助けだす!

 あたしは覚悟を決める。もう迷いはない。
 夢魔を滅ぼす。それだけが、いまのあたしの目的だ。
 花鈴が笑みを広げる。声に楽しげな調子が混じった。
「わたしはいいの。このまま消えてしまっても。これって、かたちをかえた自殺になるのかな?」
「そんなこと、させない! あたしが止めてみせる!」
「じゃあ、いますぐ止めてみなさいよ!」
 花鈴がおもむろに手を振る。
 翔馬が腕組みをほどき、のそりと動く。あたしたちに向かって、一歩、二歩、前進。
 あたしと葵は遠隔攻撃用の武器──夢砕銃と破夢弓を召喚する。夢砕銃の銃口をピタリと翔馬に据えた。翔馬は相変わらず無表情だ。無味乾燥な視線をあたしたちに注いでいる。なんとなく予想はしていた。最後の敵は翔馬になるんじゃないかってこと。花鈴は翔馬に守られたがっている──そういうことなのだろう。約束を破って花鈴を置き去りにした翔馬への当てつけなのか、それとも今度こそ翔馬は守ってくれると信じているのか。白馬の王子様よろしく、花鈴の護衛に翔馬が選ばれたことを、喜べばいいのか悲しめばいいのか、あたしにはわからない。
 翔馬の表情がはじめて変化した。ニヤリと笑う。筋肉の浮きでた腕をほどき、心持ち腰を落として身構える。
「銃も弓矢も無効だ」
 翔馬が感情のこもらない平板な声で言う。
「おまえたちのその武器は、ここでは使えない」
 あたしは葵と顔を見合わせる。はったりかもしれない。それを確かめる方法はただひとつ。
「雷弾(ライダン)!」
「打(タ)!」
 あたしはトリガーを引きしぼった。葵は光の矢を放つ。
 銃口から銃弾は飛びださなかった。不発だ。しけた花火のような黄色い光がまたたいて終わり。葵が放った光の矢は一メートルも飛ばないうちに失速して床に落ちた。
 あたしと葵はもう一度顔を見合わせる。やられた。遠隔攻撃用の武器を封じられてしまった。
「この部屋のなかにはマナの伝導性を不活性にする要素が満ちてるのよ。飛び道具は使えないからね」
 花鈴が愉快そうな口調で忠告する。ルウが鼻にシワを寄せた。
「このイヤな臭いがそうか。となると接近戦に持ちこむしかないな」
 そういうことか……。
 あたしは憮然として、夢砕銃をドリームブレイカーに切りかえる。いつも半透明の刀身から立ちのぼっていた白い蒸気が出てこない。葵の斬夢刀も青銀色の刃紋がいつもより曇っていた。どうやら近接戦闘用の武器も威力が半減しているらしい。それでも、武器としては有効だ。
 翔馬はあたしたちの武器を目にすると、両手を太腿の脇にダラリと垂らした。
「凝夢──ぬばたまの雷(いかずち)」
 野獣が息を洩らすような、鋭いシュッという音がして、翔馬の両手に黒い稲妻が現れる。稲妻が凝結して、曲がりくねった刀身の真っ黒な剣となった。両手に持った二本の剣を顔のまえに立てて、×のかたちにクロスさせた。刃がこすれる、耳障りな金属音。耳がツーンとする。
「おれを斃(たお)してみろ、ドリームスイーパー」
 翔馬が唇の端をつりあげる。ダッシュした。あたしたちに向かって猛然と突進してくる。