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紅装のドリームスイーパー

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 あたしはドリームブレイカーの刃で爪を押し戻す。振り切った。返す刀で神崎先生の右腕を肩から斬り落とす。右腕を失くしても、神崎先生は平然としていた。笑いながら今度は左手の爪をけしかけてくる。あたしの左の脇腹を狙ってきた。とっさに左腕の腕甲で爪を受ける。
 イヤな音。腕甲に爪が喰いこむ。抜けなくなった。神崎先生の胸をドリームブレイカーでつらぬく。神崎先生は淡い微笑を残して消え去った。
 左右からクラスメイトの男子生徒が襲ってきた。右側の男子生徒を脳天からヘソのあたりまで、からたけ割りに両断する。左側の男子生徒が凶器の爪を突きだした。それを弾いたのはあたしの防具じゃなく、葵の斬夢刀だった。
「斬(ザン)!」
 斬夢刀が一閃する。男子生徒の首をはねる。敵が消滅した。
 あたしは葵と背中合わせになった。ルウが足元をチョロチョロする。
 包囲網の向こうで灰色の影が立ちこめた。黒く固まって、人影になる。
 あたしはうめく。
 神崎先生とふたりの男子生徒が再生された。せせら笑いの残滓を口許にこびりつかせて、再生された三人が包囲網に加わる。またしてもワンパターンの人海戦術だ。斃しても斃しても、切りがない。げんなりしてきた。
「……どうしますか?」
 葵が訊いてくる。五人が同時に攻撃してくる。あたしと葵は五人を斃した。すぐさま、たったいま消えたばかりの五人が再生される。そのあいだに、別の四人をほふった。その連続だ。
「下へ降りる道がわかればこいつらを突破していくんだけど……」
 あいにく、この部屋は行き止まりだ。どこかに隠されている道を探すか、さっき降りてきた階段を逆戻りして別の道を探すか、そのどちらかしかない。が、戻ることは論外だった。雲霞(うんか)のごとく押し寄せてくる尖兵をたったふたりで相手にするのはムリだ。となると、選択肢はひとつ。どうにかして道を探すしかなさそうだ。
「今度はわたしが奥義を発動して敵を全滅させましょうか?」
「すぐに再生されたら無意味よ。再生できなくすればいいんだけど……」
 敵が飛びかかってくる。学校のクラスメイト。先生。花鈴の両親。名前も顔も知らないひとたち。
 バットで殴りかかってきた大樹を袈裟がけに斬る。森が葵の斬夢刀で胴体を一刀両断される。
 すぐさま、ふたりが再生される。
「新城、菜月は死なせねえ。おれが菜月を守ってやる!」
「リア充爆発しろ!」
 あたしは気分が悪くなる。いくらニセモノでも、友人や顔見知りを何度も斬りつけるのは楽しいことじゃない。精神的な悪影響が出そうだ。この場に菜月がいないのは、夢魔となった花鈴のせめてもの配慮なのか。菜月だけじゃなく、翔馬の姿も見当たらなかった。理由はわからない。もしかしたら、翔馬のことを手下として使う価値もない、と花鈴は思っているのかもしれない。あるいは、別の使い道を考えているのか……。
「私からアドバイスをしてもいいかな?」
 あたしたちの足元にうずくまって戦いを見物していたルウが、のんびりとした声で話しかけてくる。
「なによ!」
 あたしは一度に三人の相手をしていて忙しかった。城南高校の校長と教頭がそろってドリームブレイカーに頭を割られる。もうひとりは花鈴の母親だった。穏やかな笑みを浮かべつつ、手にした武器──たぶん、巨大化した刺身包丁だろう──を振りまわす。あたしは花鈴の母親の両腕を肘から斬り落とし、続けざまに胸を深くえぐった。
「戦法を変えたまえ。斃してもすぐに再生されるのならば、再生の機会を与えなければいいだろう。敵を動けないようにするんだ。それだけでいい」
「そんな器用なこと……」
「できる。この世界が夢のなかだということを忘れたのかね? きみが強く望めば、夢のなかの事物は変容する。敵を釘づけにしたいと願うんだ」
「芽衣、やってみましょう!」
 葵が斬夢刀を振りおろす。ふたり同時に敵の首が飛ぶ。英語の若い女性教師がミニスカートをひるがえして、手に持った教科書を葵の頭のてっぺんにたたきつけた。葵は首をすくめて回避。教科書が葵の左肩を打ち据える。葵がうめく。あたしは背後から女性教師に斬りつける。Rの発音がいい英語で悪態をつきながら、女性教師は消えていった。
「葵、大丈夫?」
「ええ、なんとか……」
 葵は顔をしかめ、斬夢刀の切っ先を持ちあげる。
「芽衣、このままではどうにもなりません。ルウの提案を試してみましょう」
「敵を動けなくするっていうの?」
「芽衣が戦った金太郎というひと……あのひとも芽衣を動けなくしましたよね。あれと同じことをすればいいんじゃないでしょうか」
 あたしは唇をすぼめる。飛びこんできた複数の敵を一撃で葬り去る。もう何度、同じことを繰り返してきたのか、感覚がマヒしてわからなくなっていた。
「……わかった。試してみてもよさそうね」
 葵がうなずく。
 あたしは息を整え、気持ちを集中する。どうすればいいのかはよくわからない。ルウは強く望めばいいと、さも簡単そうに言うけれど、そんなに生やさしいことじゃない。
 イメージする。頭に浮かんできたのは、金太郎との決闘シーン。あのときは金太郎の唾液が凝固して、あたしの手足を拘束した。唾液をドリームブレイカーに置きかえてみる。ドリームブレイカーの刀身に触れると石化して動けなくなる──それを、強く自分に言い聞かせた。
 市立図書館での出来事が脳裏に去来する。夢のなかの本を読もうとして、文字に意識を集中していた。読める、読めると自己暗示をかけて文字をにらんでいたら、ピンボケしていた文字がくっきりはっきりとしてきて、もう少しで読めそうになった。
 あれと同じだ。完璧じゃなかったけれど、あたしは一度、経験している。
 強く望むこと。そして、信じること。なによりも疑わないこと。
 息を吸い、ゆっくりと吐く。敵が攻撃を仕掛けてくる。あたしは無意識のうちに身体をさばく。
 ドリームブレイカーの刃が振れた。敵を切り裂く。消滅した。まだまだ。まだ足りない。
 気持ちを切りかえろ。よけいなことは考えるな。
 自分のなかでなにかのスイッチがカチリと音をたてた。
 人間の姿をした尖兵が奇声をあげておどりかかってきた。長く伸びた爪が、物騒な刃物やトゲのついた雑多な日用品が、ちらつく残像をあとに引いてせまってくる。
「つらぬけ、ドリームブレイカー!」
 ドリームブレイカーがスッと伸びる。あたしは尖兵とおどる。左足を軸にターン。半透明の異形の剣を水平に振り払う。腰を沈め、敵の攻撃をいなしつつ、右手で剣を振り切り、左手に持ちかえて刃を返す。
 ドリームブレイカーで斬りつけられた敵が動きを止める。見る見る脱色してモノトーンの彫像と化していく。消滅しない。スチル写真のように動作の途中で凍りついたままになった。
 葵が斬夢刀で敵の動きを封じていく。ドリームスイーパーとしての経験が豊富なためか、あたしよりも早く敵の石化に成功したようだ。すでに二十人以上が憤怒の形相を刻みつけたまま、がっちりと固まっていた。
「フム。どうやらうまくいったようだな」
 ルウは牙をむいてニヤリとする。
「あなたでも役に立つときがあるんだね」
「失礼だな。きみをドリームスイーパーにしたのは私だぞ」