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紅装のドリームスイーパー

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 白銀の刃風は嵐のごとく。赫々(かっかく)たる烈気は野獣のごとく。
 断ち切る。怒張したドリームブレイカーの刃が届く範囲にあるものを、すべて。
 のろくさい尖兵が一瞬で蒸散する。尖兵だけじゃなかった。動きのにぶいファントムまでもがいっしょになって蒸発した。
 無心になる。解放した力にあたし自身も翻弄された。斬って、斬って、斬り捨てる。区別はしない。敵も味方も存在しない。あえて言うなら、あたし以外の全部が敵だ。
 マナが高らかに燃焼する。燃えたぎり、あふれだす。エネルギーの暴風が吹き荒れ、やがて潮が引くように鎮まっていくと──あたしはようやく動きを止めた。
 ひどい脱力感。あたしは肩で息をする。あたしのとおったあとが深くえぐられていた。なにも残されていない。消えた。ドリームブレイカーの怒りに触れたものは。
 フーミンがあえぎ声を洩らした。あたしは振り返った。葵が唇をかみしめてあたしを見つめている。ルウは金色の瞳を強く輝かせていた。
 山崎が呆然とその場にへたりこんでいる。あたしと視線がかちあい、こわばった笑みを浮かべた。フーミンの背後に並んだファントムたちが陰気な顔を突きあわせていた。誰もなにも言わない。
 通路の奥がのぞけた。下層へと降りていく幅の広い階段が見えている。あたしのなかのなにかが敏感に反応している。夢魔はこの下にいると声なき声で訴えている。
「……行こう、葵」
 あたしが声をかけると、葵はノロノロと動きだした。ルウがその横を歩いてくる。
 あたしは下へと向かう階段口の手前で立ち止まり、肩越しに振り向いた。
 フーミンが不機嫌そうな顔をして、あたしたちを見守っていた。
「勝ってきなよ」
 と、フーミン。吐き捨てるような言い方だった。
「うちらが力を貸すのはここまでだ。あとはあんたらの力でなんとかしな」
 あたしは首肯(しゅこう)した。葵がためていた息を吐きだす。フーミンに向かってペコリと一礼。
「ありがとうございます、進藤さん」
「礼を言われたくはないね。うちらは約束を守っただけだよ」
 フーミンはきびすを返すと、開口部のほうへと引き返していった。仲間のファントムがあとに続く。山崎がなけなしの威厳をかきあつめて軍服の乱れを正し、フーミンを足早に追う。
 あたしはもう背後を振り返らなかった。
 階段を降りていく。ファントムを「殺した」ことに罪悪感は覚えなかった。あたしはやるべきことを実行したまでだ。そこに倫理や道徳は介在しない。そんなことにかかずらっている余裕も時間もない。
 あたしはまえへ進む。なにがなんでも。

 階段を降りていくと、広い部屋に行きついた。用途はよくわからない。室内にはなにもなかった。もともと、なにかに使われるための部屋なんかじゃないのかもしれない。
 がらんとした部屋を見渡す。天井はむやみに高い。十メートル以上はありそうだ。光源のはっきりとしない白濁した光が室内を満たしている。黒い壁や天井のところどころに赤い斑点があった。それが、数秒間隔で収縮を繰り返している。まるで心臓がそこに埋めこまれているかのようだった。
 あたしは目をつぶって感じとる。
 あたしを呼んでいる。
 夢魔が、あたしを導いている。この下だ。夢魔──花鈴はそこであたしを待っている。
 下層へ向かう階段を探す。それらしきものは見当たらない。どこかに隠されているのか。
「……尖兵が襲ってこないな」
 ルウが周囲を見回して、目を細める。
「フム。このまま見逃してくれるとはとうてい思えないのだが……」
 あたしもこのまま済むとは思っていない。部屋の真ん中まで移動する。
 空気がざわついた。
「気をつけて」
 葵が声を低める。警戒している。あたしも感じた。
 にわかに殺気が立ちこめる。それが凝り固まって濃い影となり、五十人ほどの人間の姿をとった。
 まえにも遭遇した連中だ。学校のクラスメイトに先生。それに、翔馬の知らないひとたち。花鈴の両親も混じっていた。
 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。あたしたちを二重三重に取り囲み、ジリジリと包囲網をせばめてくる。
「敵のおでましか」
 ルウがうなる。一見すると普通の人間にしか見えないヤツらを値踏みして、
「さきほどまでの雑兵とはわけが違うな。手強いぞ」
「葵、戦うよ」
「わかっています、芽衣。手加減はいっさいしません」
 葵は大きく息を吸う。斬夢刀を上段にかまえ、切っ先を先頭の人物──つくりものめいた笑みをちらつかせている城南高校の教師に向ける。あたしもドリームブレイカーをかまえた。さきほど奥義を発動させたせいでまだ身体に力が入らない。マナが尽きていないとしても、再度の奥義の使用は当分のあいだムリだろう。葵の奥義──尖兵との対戦で一度、目にしたことのある「夢狩りの舞い」という大技──に頼るしかないかもしれないが、このさきどれだけの数の敵が待ち受けているのかわからないのだ。マナの大量消費は避けたほうが無難かもしれない。
 肩を寄せあった人間の壁のなかからよく見知った顔がまえへ進みでてきた。森啓太と糸川大樹。森は学校の制服、大樹は野球部のユニフォームを着ていた。
 森がメガネを光らせる。いつもはしまりのない笑みが、凄味を帯びていた。
「新城、薬袋を泣かせるなよ」
 と、森。非難をこめた口調で。
「このまま黙って帰れ。おまえ、まちがってるぞ」
 無視。あたしは口を開かない。今度は大樹が左手のグローブのなかから野球のボールを取りだし、手のなかで転がす。
「おまえ、菜月をまた死なせるつもりか?」
 あたしは歯を喰いしばる。大樹をにらみつけた。ここにいる大樹はニセモノだと頭のなかではわかっているが、どうしても挑発の言葉に反応してしまう。
「おれは絶対に菜月を死なせねえ。新城、うざいんだよ、おまえは」
「新城、新城ってさっきからうるさいわね! あたしは新城翔馬なんかじゃないわよ!」
 もちろん、翔馬の記憶も想いもすべてあたしのなかにある。翔馬は、あたしの不可分の一部だ。そうであっても、あたしは新城翔馬と同一人物じゃない。たとえていうならば、新城翔馬という少年を前世に持つ、彼の生まれ変わり、というところか。
 あたしは芽衣。ドリームスイーパーの芽衣だ。
「またかわいい女の子を連れてるのか」
 森が葵に目を留めてクツクツと笑う。葵は眉をひそめた。
「リア充め、爆発しちまえ」
 それが攻撃開始の口火となった。動きだす。現実世界の人物の姿を借りた尖兵たちが。
 一気に敵が距離をつめてきた。走る、というより床面スレスレの位置を滑空してくる。まるで氷上をスケートですべっているみたいだった。
「新城君、ケガをしたらすぐ保健室に来るのよ」
 神崎先生が優しい笑みをたたえつつ、サッと右手を伸ばす。爪がニョキリと伸びて、鋭くとがった凶器と化す。それを武器にして攻撃を仕掛けてくる。
 あたしはドリームブレイカーで爪を受け止める。斬撃が重い。肘と膝の関節が、突然の超過加重にきしんだ。
「ケガをしたら保健室に……」
「やかましいわね!」