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紅装のドリームスイーパー

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 神崎先生が微笑んでいた。手に持っているのはメスだ。そんなものが保健室にあるとは思えないが、指のあいだに何本ものメスをはさんで剣山(けんざん)みたいになったこぶしを打ちこんでくる。あたしのドリームブレイカーの切っ先が神崎先生のこぶしをなでる。こぶしは傷つかない。そこから脱色して、全身に拡散する。左足の膝を持ちあげた体勢のまま、神崎先生が凝固する。
「おれが相手だ!」
 大樹が吠えた。腕を大きく振りかぶり、流れるような投球モーションでボールを投げる。豪速球のボールがうなりをあげ、白い弾丸と化してあたしに向かってくる。
「新城、このさきへは絶対、とおさねえ!」
 ボールをよけようと横ざまに飛ぶと、まるでホーミングミサイルみたいにボールが空中でカーブして追尾してくる。
「な?」
 あたしは目をむく。あわててドリームブレイカーをバットに見立て、飛んできたボールを思い切り横からたたいた。ボールがきれいにまっぷたつに割れた。消えてなくなる。
 大樹が野球のバットをブンブンと振って、走ってくる。
「ここから出ていけ、新城!」
 ドリームブレイカーとバットが激しくぶつかる。バットが灰色に変色していく。大樹はバットを手放した。それでも変色は進行していく。指先から肘、肩へと変色が進み、わずか数秒で大樹の全身からいっさいの色彩が抜け落ちた。
 森が毒つきながら突進してくる。森の武器は例のラノベ──あたしの原型となった美少女が表紙に描かれた、あの文庫本だった。
 ラノベの表紙から美少女戦士が飛びだしてくる。あたしにそっくりな、金髪のツインテールの美少女。深紅(クリムゾン)の鎧をまとい、重そうな両手剣で武装している。
 いきなり金髪美少女が剣を投げつけてきた。あたしはドリームブレイカーで飛んできた剣をはたき落とす。
 森と金髪美少女が同時に肉薄してきた。森が口を動かす。
「リア充爆発しろ!」
 定番となった呪いの言葉が実体を持ち、真っ黒な矢となって襲いかかってくる。ギョッとした。とっさにドリームブレイカーを立てて防ぐが、一発があたしの腹部の装甲に喰いこんだ。衝撃。鈍い痛み。足元がよろけた。
 金髪美少女が突進してくる。あたしの防御が遅れる。
 横から葵が割りこんできた。
「断(ダン)!」
 斬夢刀がひらめく。金髪美少女が新しい剣を出現させて受け止めようとしたが、斬夢刀の刃は敵の剣を粉砕した。金髪美少女がフッと消える。その後ろから森が走りこんでくる。森がわめいた。
「ラノベを貸してやったじゃないか! 感謝の気持ちはないのかよ!」
「感謝してるわよ!」
 森の顔面をドリームブレイカーの刃でなでる。森の動きが止まった。大口を開けた状態で凍結する。顔から石化していく。
「あなたのおかげでいまのあたしがいるんじゃない。感謝しきれないわよ!」
 残った数人の敵を葵が一掃した。全部の敵が凍りつく。ようやくひと息ついた。
「サンキュ、葵。二度も助けてくれて」
 葵はにっこりと微笑んだ。
「どういたしまして。それよりも出口を探しましょう」
「そうだね。急ごう」
 あたしと葵は武器を消し、手分けして壁と床を調べた。ピクピクと顫動(せんどう)する壁は、なんだか生きているようで気色悪い。赤い斑点に触れるとほのかな熱を感じた。手の甲で壁をたたく。見た目よりも硬い。コンクリートをたたいたような、くぐもった音がする。脈動する一瞬だけ、柔らかくなる性質があるらしい。いったいどんな仕組みになっているのか想像もつかないが、夢のなかで理路整然とした仮説を立ててもさほど意味はない。どんなに不条理で、理不尽であっても、目の前の出来事をありのまま受け入れるしかないのだ。
 あちこちをたたいて調べてみたが、壁の向こう側が空洞だと示すような異常は発見できなかった。床を熱心に調べていた葵も無念の表情で首を横に振る。行きづまった。出口がどうしても見つからない。
 ルウがヒクヒクと鼻を動かす。固まったままの尖兵を凝視して、
「……マズいぞ。どうやら石化の効果が切れかけてるようだ」
「え?」
 視線を転じると、灰色一色だった尖兵の色が徐々に色づきはじめていた。顔や腕に自然な肌の色が戻っていく。着用している衣服も鮮やかな色彩を取り戻しつつあった。
「また戦わなくちゃならないの?」
「そのようだな。そのまえに早く出口を見つけたほうがいい」
「どうやって? 壁や床にはどこにもヘンなところはなかったんだよ?」
 考えこんでいた葵がハッとする。天井を見上げた。
「芽衣、天井です! まだ天井を調べてません!」
「天井? 夢魔はこの下にいるのに?」
「だからといって、出口が必ず壁や床に隠されてるとはかぎりませんよ!」
 あたしは得心する。葵の言うとおりだ。天井は盲点だった。下へ行きたいのに、天井を調べようとは普通、思わないだろう。急いで天井に目を走らせる。天井にはほとんど赤い斑点がない。あるのは四つだけ。
 あたしは「あ」と声をあげる。よくよく見ると、その四つが長方形の角の位置にあった。斜めになっているから気づかなかった。葵もあたしと同じことに気づく。目配せした。走った。ルウがついてくる。
 四つの赤い斑点の下に立った。それと同時に、尖兵の呪縛が完全に解けた。獣じみた怒号がこだまする。全員がくるりと向き直り、武器を手に駆け寄ってくる。
 天井の高さは十メートル以上。普通にジャンプして届く高さじゃない。どうしてこんなに天井が高いのか、その理由がいまわかったような気がした。簡単に出口に到達できないようにするためだ。
 葵が天井をにらむ。
「わたしがなんとかします! 芽衣は尖兵を喰いとめて!」
 異論を唱えている場合じゃない。あたしは押しかけてくる尖兵に身体を向ける。深呼吸をひとつ。
「装夢──夢砕銃」
 手のなかに現れた夢砕銃の銃口をあげ、狙いをつける。
 ドリームブレイカーでできたことなら夢砕銃でも同様のことが可能だ。念をこめて、尖兵を消し去るのではなく、石化するための銃弾を発射する。
 あたしの銃弾が命中する寸前に尖兵が破裂する。石化の銃弾は空しく背後の壁に当たって押しつぶされた。破裂した尖兵がすぐに再生される。
「この!」
 敵も学習したらしい。石化されて時間をロスするぐらいなら、自爆してすぐに再生されたほうがマシだと判断したのだろう。無限の再生能力がなければ思いつかないような、捨て身の対処法だ。あたしはムキになって夢砕銃を撃つ。ほとんど当たらない。命中するまえに勝手に尖兵が自爆する。そのあいだに標的とならなかった敵が距離をつめてきた。
 出し惜しみしている状況じゃなかった。マナの消費量を考慮している状況でもない。
 作戦を変更する。こうなったら正攻法で迎撃するのみ。
「炎弾(エンダン)!」
 夢砕銃が短い光の針を吐きだす。空気が悲鳴をあげた。朱色の光の牙が、人間の姿をした尖兵に正面からかぶりつく。肉をえぐられ、骨を削られて、尖兵の身体に真っ赤な穿孔(せんこう)がうがたれる。爆発した。何十体もの尖兵が。白く立ちこめる蒸気を割って、生き残った尖兵が突撃してくる。笑っていた。ゲラゲラと、狂気の笑みを満面にはりつかせて。
「装夢──破夢弓」