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紅装のドリームスイーパー

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 開口部には数百体の尖兵が待ちかまえていた。たちまち、乱戦になる。帆船が次々と船体をくっつけ、大勢のファントムがおたけびをあげながら要塞に乗り移ってきた。かなりの広さがある場所なのに、ものの数分のうちに立錐(りっすい)の余地もないほど、敵と味方が入り乱れる混戦となった。
 こうなると同士討ちの危険があったが、まったく意に介しない連中もいた。尖兵は最初から敵も味方もなく、しゃにむに突っこんでくるが、ファントムのなかにも周囲に与える被害は委細かまわず、武器をブンブンと振りまわす迷惑な者が何人もいた。金太郎もそういうタイプのひとりだった。眼前に立ちふさがる相手が、尖兵だろうがファントムだろうがほとんど気にかけることなく、思う存分暴れまわっている。上半身裸のマッチョな男が腰だめにかまえた機関銃を乱射した。灼熱の銃弾は尖兵もファントムも平等に引き裂いていった。あちこちで悲鳴があがる。ファントムがバタバタと倒れた。死んだりはしない──すでに現実世界では死んでいるんだから、二回目の死を迎えることはない──が、しばらくのあいだ身動きできず、苦しげにもがいている。
 あたしは夢砕銃に武器をかえ、尖兵だけを慎重に狙い撃ちした。ドリームスイーパーの武器がファントムたちにどんな効果を与えるのか、よくわからない。彼らを殺してしまう危険性もあったので、むやみやたらとドリームブレイカーを打ち振るわけにはいかなかった。
「葵、どこ?」
「ここです!」
 葵の返事は思いのほかすぐ近くから返ってきた。あまり離れていない。葵も斬夢刀をあきらめ、やむなく破夢弓で応戦していた。光の矢が空を切り裂き、尖兵の集団に吸いこまれていく。
 あたしは葵のところまで行こうとした。目の前の尖兵を撃ち、一歩前進する。すると、新たな敵が押し寄せてきて、一歩後退する。その繰り返しだ。そうこうしているうちに葵の姿を見失った。呼んでも返事がない。周囲の阿鼻叫喚に声が呑みこまれる。
 自分がどちらを向いているのかも定かじゃない。洞窟のような開口部はずっと奥まで通路が続いていた。真っ黒な壁と天井が数秒の間を置いてピクピクと収縮する。さながら巨大な生物の消化器官のなかをさまよっているような気分になってきた。
 どのくらいのあいだ、そうして戦っていたのだろう。ほんの十分ほどか、それとも一時間か──夢のなかでの時間の経過はあてにならない。時計がないから正確な時刻は計測できないし、たとえ時計を身に着けていたとしても、表示される時刻に意味があるとは思えなかった。
「みんな、伏せな!」
 とうとつにフーミンの声が右の斜め後ろから響いた。あたしは反射的にその言葉に従う。床に腹ばいになった。ルウがあたしの肩から飛び降りて、床に平たくなった。
 真っ青な炎がゴウッと音をたてて、あたしの後ろから前へとつきぬけていく。炎にまかれた尖兵が松明(たいまつ)のように燃えあがって消えていった。逃げ遅れた不運なファントムが炎に包まれ、耳が痛くなるような悲鳴をあげる。
 一団のファントムが隊列を組んで、炎のとおり道を走りぬけていった。行く手をはばむ尖兵を実力で排除し、突破口を切り開いていく。あっという間に、戦場に一本の道ができあがった。
「あんたら!」
 フーミンが怒鳴り散らしながら大股でこちらに歩み寄ってくる。床に伏せたままのあたしを見つけると目をつりあげ、怒声を張りあげた。
「こんなところでなにをしてるんだい! 早く行きな!」
 あたしは迷わなかった。目でフーミンに感謝を告げると一挙動で起きあがり、ファントムが切り開いてくれた道を全力疾走する。壁ぎわにいた葵がすばやく立ちあがって、あたしのすぐ後ろにつく。ルウがあわてて駆けてきて、あたしたちと合流する。
 通路の奥を目指して走っていくと、どんづまりでファントムと尖兵が戦っていた。金太郎が三十体近い尖兵に囲まれてタコ殴りにあっている。太い腕を振りまわして孤軍奮闘しているが、さしもの大男も大勢の尖兵に圧倒されていた。
 あたしたちのすぐ後ろから応援のファントムたちが殺到し、混戦に拍車をかける。それ以上進めなくなって、あたしと葵は足を止めた。
「クッ!」
 あたしは夢砕銃の銃口をあげる。撃てない。撃ったら、ファントムにも当たってしまう。葵も呆然と乱戦を傍観していた。手も足も出ない。
「なにをモタモタしてるんだい!」
 追いついてきたフーミンが罵声を浴びせる。あたしがなにか言うまえに、フーミンが状況を見てとり、派手に舌打ちする。サーベルをひっさげた山崎がやってきて、うなり声を洩らした。
「しかたがありませんね。ファントムごと撃ちなさい」
 と、山崎。冷徹な声で。フーミンがギロリとにらむ。フーミンからにらまれても山崎はおじけづくことなく、きっぱりとした口調でもう一度、繰り返した。
「どうしました? ファントムごと撃つのです。そうでもしないとここを突破できませんよ」
「でも……」
 葵がためらう。山崎が怒りを爆発させた。語気を荒げて、
「ためらうんじゃない! そのためにここまで来たんだろう! やるんだ、葵さん!」
 フーミンがフンと鼻を鳴らす。タバコを吸いたそうに手を動かすが、結局タバコは出さず、ライターを指先でもてあそぶ。酷薄な冷笑を浮かべ、押し殺した声で、
「なにをためらってるんだい? どうせうちらは死んでるんだ。ここで殺されたって、文句は言えないさ」
 葵はなおも躊躇している。じれた山崎が一歩まえへ出る。またもや怒鳴られるまえに、あたしが山崎の機先を制した。
「あたしがやる!」
「……芽衣?」
 葵が目を見開く。あたしは葵に向かって小さくうなずき、
「ここはあたしがやるよ。任せて」
 葵は口を開きかけたが、途中で言葉を呑みこんだ。黙って首を縦に振る。
 あたしはファントムと尖兵が入り乱れて戦っている戦場に向き直る。ファントムをかわした尖兵の集団がこちらに駆けてきた。金太郎が尖兵の群れに呑みこまれた。白い手だけが黒い壁の上にかろうじて突きだしている。
 深呼吸をひとつ、ふたつ。夢砕銃をドリームブレイカーに持ちかえる。なにをすればいいのかは自然とわかった。あたしの頭のなかからフレーズが勝手にあふれだしてくる。
 ドリームブレイカーの柄を両手でにぎり、頭上に高くかかげる。
 エネルギーが体内に満ちる。マナが発火して熱い血潮となり、指先からドリームブレイカーへと流れこんでいく。ドリームブレイカーの刃から大量の蒸気が立ちのぼった。蒸気が渦を巻き、螺旋を描いて刀身にからみつく。
 あたしは声に出す。ひと言ひと言に全身全霊の力をこめて、揺るぎなく、力強く。
「奥義──ブラッディドリーマー」
 解放する。力を、エネルギーを、闘志を、あますところなく、すべて。
 牙をむいた紅いドラゴンの幻影があたしの頭上で舞いおどる。
 それは、深紅の疾風。狂乱の演舞。触れたものをことごとく打ち砕く、破壊神(シヴァ)の饗宴(きょうえん)。
 ドリームブレイカーが猛り狂う。
 ファントムと尖兵の集団のど真ん中に飛びこんだ。時間が間延びする。周囲の動きが極端に遅くなった。違う。あたしが加速したのだ。
「刃牙(ジンガ)!」