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紅装のドリームスイーパー

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「それでも……」
 あたしはこみあげてくる不安を必死に抑えて、きっぱりと宣言する。
「あたしは戦う。それであなたたちが協力してくれるなら、あたしはやる!」
「芽衣、やめてください。あなたがそこまでする必要はありません」
 葵が低い声でたしなめる。ひどく心配げな顔つきだ。あたしが自暴自棄になっていると思ったのかもしれない。それもあながち、まちがいじゃないけど。
「だって、こうでもしないとファントムに協力してもらえないじゃない!」
 あたしがムキになって反論すると、葵は困惑の表情になった。交渉が順調だったら、なにか妙手を思いつくかもしれない。でも、いまはリタイアの寸前だ。ここで踏みとどまらないと、交渉が決裂してしまう。なにせ、フーミンは最初から交渉する気なんてないんだから。
 フーミンが四本目のタバコを手のなかに出現させる。火はつけず、値踏みするような目つきであたしの全身をなめまわす。
「あんた、名前は?」
「芽衣よ。ドリームスイーパーの芽衣」
「本気かい、芽衣?」
「本気よ」
「そんなにうちらと夢魔を戦わせたいのかい?」
「あたしたちだけじゃ勝てそうにないからね、夢魔に」
「……バカだね、あんた。救いがたいバカだよ」
 あたしはムッとする。フーミンはタバコに火をつけ、時間をかけて煙を味わった。足元に丸くなっている大男を爪先でチョンチョンとつつき、
「金太郎、いつまで寝転がってるんだい? 立ちな!」
 フーミンから金太郎と呼ばれた大男は、一挙動で立ちあがった。泣き叫んでいたわりにはダメージの痕跡がない。荒削りの彫刻めいた顔面には壊れかけた笑みが浮かんでいた。舌で唇をなめる。こんもりと盛りあがった大胸筋がピクピクとうごめいていた。
「決闘は素手で。武器はいっさいなし。ワンラウンドのみ。ギブアップするか、もしくはリングの場外に出たら負け。それでいいね?」
 フーミンがあたしと金太郎の両方に念を押す。金太郎が獣じみた咆哮(ほうこう)で応じる。あたしはうなずいた。
 フーミンの仲間がいっせいに奇声をあげた。あたしを指さし、声をひそめて言葉を交わす。どうせロクでもないことを言いあっているのだろうが、無視する。山崎は複雑な表情をしていた。素直に喜んでいいのかどうか、彼自身にもよくわからないらしい。
 葵が口許を手で覆う。呆然とした表情。あたしがウィンクすると、葵は怒ったように眉を逆立てた。
「無謀です。あんな……」
 葵は、ゴリラのように胸板をたたいて喜ぶ金太郎をチラッと盗み見て、
「あんな怪物と素手で戦うなんて。勝てるわけが……」
「葵は信じてくれないの? あたしが勝つって」
 葵は憤然とあたしをにらみつける。それから、ふと力を抜いて、長々とため息をついた。
「……いいえ。信じましょう。芽衣が勝つと。信じなければいけませんね。芽衣が負けるはずはありません」
 あたしが微笑むと、葵は澄んだ笑みを返した。あたしの足にルウがからみつく。
「とにもかくにも、交渉は成立したな。あとは結果を出すだけだ」
「ルウもあたしが勝つって信じてくれるんでしょ?」
「信じよう。きみはドリームスイーパーとして高い能力を持ってる。力を出しきるんだ。きみならできる」
「ありがと。励ましてくれて」
 金太郎がちっこい目であたしを観察している。あたしが舌を突きだすと、金太郎は毛のない頭をなで、下卑た笑みを口許にはりつかせた。なにからなにまで気味が悪い男だ。「金太郎」ってニックネームも自分でそう名乗っているのだろうが、まったく似合っていない。あの妙に生っちろい肌が、プラスチックのつくりものじみていてグロテスクだ。ボリューム感たっぷりの筋肉の束は、まるで肌の下に無数のヘビが隠れひそんでいるかのようだった。
 なにがあっても、勝つ。
 あたしは絶対に、勝つ。

「装夢──バトルコスチューム」
 あたしは深紅(クリムゾン)の軽鎧(ライトアーマー)をまとう。あたしのバトルコスチュームを目にした金太郎がピンク色の舌で唇をなめまわし、いやらしい笑みを浮かべる。
 帆船の甲板上に黒い線で描かれた、直径五メートルほどの円。そこが、あたしと金太郎のバトルフィールドであるリング。リングの外側を五十人近くのファントムが取り囲む。どこからかあたしと金太郎の決闘を聞きつけて集まってきたらしい──最初にこの甲板で見かけた人数よりも増えていた。実際はもっと多いかもしれない。人垣のなかに山崎が厳しい表情をたたえて立っていた。あたしとも葵とも視線を合わせようとしない。どちらにも加担せず、あくまでも中立の立場を守る、という意思表示なのだろう。
 フーミンはリングのすぐ外側──船尾側にあぐらをかいて座っていた。タバコをくゆらし、獲物を狙う肉食獣のような目つきであたしと金太郎をながめている。
 リングの船首側に陣取った葵は、真剣な表情をしていた。「がんばってください」と励ます声が少しうわずっている。あたしは不敵に微笑んで、大きくうなずく。葵がうなずき返す。ルウは早くも観戦モードだ。葵の横に寝そべり、頭を高くもたげてリングを注視している。
 フーミンの合図で、あたしと金太郎はリングの中央に寄った。一メートルほどの距離を置いて対峙する。金太郎の巨体があたしの視界にのしかかってきた。
「きみ、名前は?」
 金太郎があたしを見下ろす。喜々としたその物腰は、まるで新しいオモチャを手に入れた子供のようだった。でも、ちっちゃな目だけは子供のそれじゃない。ねっとりとした視線があたしの全身にまとわりつく。あたしの肌が粟立つ。あたしがおびえている、と思ったのだろう。金太郎は豆粒みたいな目を見開き、さかんに舌なめずりする。
「……聞いてなかったの? あたしの名前は芽衣よ」
「ぼくは金太郎ッス。金ちゃんって呼んでくれたらうれしいな」
「誰があんたのことを金ちゃんだなんて……」
「金太郎!」
 フーミンの鋭い声が飛んで、大男の注意をそちらに向けた。
「いいかい、素手で闘うんだよ。反則したら即負けだからね!」
「わかってるッス、進藤さん。武器を使わなきゃいいんでしょ?」
「あんたもだ、ドリームスイーパー」
 フーミンはあたしに向かって顎をしゃくり、
「武器を使ったらその時点で負けだからね!」
「いいわよ。素手でこいつをたたきのめせばいいんでしょ?」
「ぼくをたたきのめすって? 楽しみだなあ、そいつは」
 金太郎が咳きこむようにして笑う。あたしは大男を見上げ、フンと鼻を鳴らした。金太郎はまったく気にしていない。
 フーミンが右手を高く挙げた。
「時間は無制限だ。ギブアップするか、リングの場外に出たら負け!」
 右手をサッと振り下ろす。
「ファイト!」
 金太郎はすぐに攻撃をしかけてこなかった。動かない。さっきから緩みっぱなしの笑みを顔にはりつかせたまま、腕をダランと垂らして突っ立っている。あたしは後ろにさがって金太郎と間合いをとり、心持ち腰を落として身構える。こちらからは手を出さない。様子をうかがう。
 無言のにらめっこが続いた。一分、二分、三分……。
 金太郎は身動きしない。ただ、笑っている。
 じれた観客が下品なヤジを飛ばす。無視。葵は胸のまえに指を組み、ハラハラしながら見守っている。