小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

紅装のドリームスイーパー

INDEX|63ページ/98ページ|

次のページ前のページ
 

「で、うちらにドリームスイーパーがなんの用だい? うちらがなにか悪さをしたから成敗しに来たとか?」
「あなたたちと争うつもりはありません。お願いがあってやってきました」
 葵の口調は落ち着き払っている。フーミンからにらまれても、等圧力の眼力で押し戻す。フーミンはますます機嫌を損ねたようだ。眉間に深いシワが寄った。
「なんだい、お願いって?」
 葵はひとつ深呼吸すると、山崎のときと同じ懇願を繰り返す。
 罪もない人々の夢を守るために夢魔と戦ってください、と強い口調で。
「あなたたちにも家族がいるはずです。家族を守るためにも……」
 葵のセリフの途中で、フーミンがゲラゲラと下品に笑いだす。つられて、彼女の背後の仲間たちも笑いだした。山崎のときよりも露骨な反応だった。耳障りな呵々大笑(かかたいしょう)の合唱があたしの聴覚をふさぐ。あたしは怒鳴り散らしたい衝動を必死になって抑えこんだ。葵は笑われても平然としている。強い光を漆黒の双眸にたぎらせたまま、フーミンが笑いやむのを根気強く待っていた。
 ようやく笑い声の波濤が収まった。フーミンが二本目のタバコに火をつける。うまそうにふかした。煙の輪がフーミンの頭上をうろちょろする。フーミンがうるさそうに手で払うと、煙はバラバラになって消えた。
「おもしろいことを言うね、あんた。ひさしぶりにたっぷりと笑わせてもらったよ」
 それから、あたしたちとフーミンとのあいだに直立不動の姿勢で凝固している山崎を見やり、低い声で問いかける。
「山崎、あんた、どうしてこのガキどもをここへ連れてきた?」
「……ガキ」
 それまで無表情をつらぬいていた葵がにわかに気色ばむ。フーミンは口許をゆがめて、冷笑を浮かべた。
「だって、ガキだろ? うちらに夢魔と戦え、だって? どうやって山崎を丸めこんだかは知らんけどさ、もうちょっと……」
「進藤さん、もう少し真摯(しんし)になって彼女のハナシを聞いてやってくれませんか?」
 山崎がいらだちのこもった声で忠告する。フーミンは山崎と目を合わせた。山崎は逃げない。見つめ返す。それ以上、なにも口にしなかった。
 山崎を説得したときのようなやりとりをもう一度、繰り返さなくちゃならないのかと思うとうんざりしてきたが、事態は思ってもいなかった方向へ急転換した。フーミンが後ろに居並ぶ仲間を振り返り、「誰か、言いたいことはあるかい?」と投げかける。すると、身長が二メートルを超すような大男がのっそりと進みでてきて、こう具申した。
「いいんじゃないッスか? ぼくたち、ちょうど暇だったし。夢魔と遊んでやりましょうよ」
 フーミンはうとましげな顔で大男をながめやる。異相の男だった。背丈が常人離れしているだけじゃない。膨大な量の筋肉で身体のあちこちがボコボコと盛りあがっていた。髪の毛のないスキンヘッドの頭、丸々とした顔、ちんまりとした目、薄い唇。ピンク色の長い舌を出してペロリと唇をなめる。肌はまるで漂白剤を使ったかのように真っ白で、プロレスラーのような巨躯とひどくアンマッチだった。体毛はほとんどなく、濃灰色のタンクトップからはみだした太い腕は表面がつるりとしていて、なんだかできそこないの人体模型のようだ。はっきりいって気色悪い。
 嫌悪感が顔に出ていたのだろう、大男があたしに顔を向けてニタリと笑う。虫唾(むしず)が走った。葵も眉をひそめている。フーミンでさえ例外ではないらしく、嫌悪を隠そうともしない。手を振って追っ払おうとしたが、大男はまるで意に介さなかった。
「こうしましょうよ。ぼくがその女の子と戦って……」
 と、大男はあたしを節くれだった指で指し示す。いきなり指を突きつけられたあたしは男の異様な風体に気圧(けお)されて、思わず一歩あとずさる。
「ぼくが勝ったら、女の子を好きなようにする。女の子が勝ったら、ぼくたちは夢魔と戦う。どうです、おもしろいでしょ?」
「勝手に決めるな!」
 フーミンが怒鳴る。口にくわえていたタバコを男に向かって投げつけた。男は飛んできたタバコを空中でキャッチして、火がついたままのそれを口に運んだ。モシャモシャと咀嚼(そしゃく)する。フィルターをペッと吐きだし、サンダルをはいた足でゴリゴリと踏みつぶす。唇を曲げて獰猛な笑みをかたちづくった。
 フーミンは顔を真っ赤にして激怒した。なおも傲然(ごうぜん)と胸を張る大男に向かってドスドスと大股で近寄り、男の向う脛(ずね)を思い切り蹴飛ばす。蹴飛ばされた大男が甲高い悲鳴をあげる。足を抱えて倒れこんだ。フーミンの二撃目。今度は彼女の爪先が腹筋でよろわれたヘソのあたりにめりこんだ。男が悶絶する。
 あたしは唖然とする。ちょっと信じられない光景だった。フーミンの攻撃が見た目よりもインパクトがあるのか、それともフーミンにはなにがあっても逆らえないのか──周りに控えた仲間の顔色をうかがうかぎりでは、どうやら前者らしい。警察官の制服を着た男は顔を青ざめさせ、ガタガタと震えていた。
 大男は、尻に炸裂したフーミンの三発目で静かになった。頭を両腕でかばい、シクシクと子供のように泣く。なんとも外見と反応がアンバランスな男だった。
 フーミンは三本目のタバコに火をつけた。ゆっくりと煙を吐きだす。まだ泣いている男を軽蔑の眼差しで見下ろし、聞えよがしにフンと鼻を鳴らす。
「バカは黙っていな! よけいな口出しをするんじゃないよ!」
「だって……ぼくは……」
「口答えするんじゃない、クズが!」
 激昂したフーミンは大男の頭を踏みつけ、かかとでグリグリとこめかみを押しつぶす。大男は「ごめんなさい!」を何回も繰り返して謝罪した。
 普通のオバさんっぽいのに、すごい迫力だ。山崎も含め、仲間たちは誰も手出しできない。彫像みたいに固まって静観している。フーミンがここのボスになったのがなんとなく理解できた。
 大男への折檻が済んだフーミンはあたしたちに向き直った。不機嫌をとおりこして険悪な表情になっている。交渉の余地はなさそうだ。マズい。このままではファントムの協力を得られない。
 フーミンがなにか言いだすまえに、あたしはイチかバチかの賭けに出た。半分、破れかぶれだった。
「受けて立つよ、そいつの挑戦。やってやろうじゃないの!」
 葵がびっくりして目を見張る。ルウが「フム」と場違いな相槌を打つ。フーミンがポカンと大きく口を開いて、手にしたタバコを取り落とした。あたしは自分がなにを口走っているのかもほとんど意識していなかった。
「あたしとそいつが戦う。あたしが勝ったら、あなたたちには夢魔との戦いに協力してもらう。負けたら……」
「あんた、こいつにいいようにされるんだよ?」
 フーミンがあたしの代わりに言い足した。やれやれと首を横に振り、道理のわからない子供をしかる母親のような口調で、
「こいつはね、もうすぐこの世界から消えちまうのさ。だから、自分をきちんとたもってられない。見ただろ、こいつの姿を? 自分の願望と本来の自分との区別がつかなくなってるのさ。しつけのなってない子供と同じだよ。あんた、負けたらなにをされるかわからないよ? こいつだっていっぱしの男だからね。欲望ってやつは現実世界でもここでも変わらないのさ」