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紅装のドリームスイーパー

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「ほかのゲシュタルトに応援を頼めないの? あたしたち以外にもドリームスイーパーっているんでしょ?」
「確かにきみたち以外にもドリームスイーパーはいる。だが、私と契約していないドリームスイーパーを、私のゲシュタルトに呼び寄せることはできない。たとえ呼び寄せられたとしても、私と契約しないかぎり、ドリームスイーパーとしての能力は発揮できないんだ」
「どうして普段からもっとドリームスイーパーを増やしておかなかったのよ?」
 あたしが文句をつけると、ルウは澄ました顔で、
「忘れたのかね? 誰でもドリームスイーパーになれる、というわけじゃない。ドリームスイーパーになれるのは夢見人(ゆめみびと)だけだ。夢見人の数はひじょうに少ない。増やそうと思ってもそんなに簡単にできることじゃないのさ」
「とにかく」
 葵が凛とした声で、
「わたしと芽衣のふたりで夢魔と戦うしかないわけですね?」
「そういうことだ」
「それで、戦力の不足を補う方策はなにかないのですか?」
 ルウは黙りこむ。どうやら黒ネコに妙案はないようだ。肝心なところで役に立たない。あたしはため息をついて、
「ドリームスイーパーの数を増やすことができないのなら、あたしたちがもっと強くなるしかないじゃない。あたしたちの能力を飛躍的に高める方法ってないの?」
「夢の世界というのは人間の内的宇宙だ。精神力──曖昧な言い方になってしまうが、人間の持つ精神のポテンシャルが、そのまま夢の世界の自己像に投影される。なにが言いたいかというと、夢のなかでは強くあろうとすればそれだけ強くなれる。逆に、絶望や不安はいたずらに自分を弱体化させるだけだ。きみたちにはぜひとも気を強く持ってもらいたい。自分を信じるんだ。その自信が、きみたちをいまよりも強くする」
 あたしは天井を仰ぐ。要するに、強くなりたければ強くなりたいと願え──そういうことだ。それでホントに夢魔に勝てるのか? いや、そう疑う気持ちが自分を弱くするのだろう。一片たりとも疑ってはいけない。
 なにがなんでも夢魔を斃してみせる!
 あたしは腕を組んで、館内を見渡す。子供たちが金色の陽射しのなかをちょこまかと動きまわっている。甲高い笑い声。カウンターの司書は子供たちに関心がないらしい。黙々とラベル貼りにいそしんでいる。
 のどかで平和な光景。じきにここも悪夢に浸食されてしまうのだろうか。あたしたちが負ければ、夢の世界は……。
 そこまで考えて、ブルブルと首を横に振る。いけない。負けたときのことを考えてもなんにもならない。いまはもっと大事なことを考えなくちゃ。
 昨晩の夢を思いだした。
 葵にここに連れてきてもらって……それから、山崎昭二という男に出会って……。
 そうだ。山崎昭二。
 ファントム。現実世界で死を迎え、夢の世界から抜けだせなくなった幽霊。
 葵とルウはあのとき、なんて言っていた? ファントムは集団をつくって夢の世界を暴れまわっている、とルウが教えてくれた。山崎には仲間がいる。ファントムの集団のボスは進藤芙美子(しんどうふみこ)という女。メンバーからはフーミンって呼ばれているらしい。
 うまくすれば……。
「ルウ、昨日、ここで会った山崎という男にこちらから接触できない?」
 ルウが目をパチクリさせる。ネコがそんな所作をするのを初めて見た。
「彼に接触するのはムリだ。どこにいるのかもわからないし、連絡の手段もない」
 葵が小首をかしげた。
「芽衣、なにを考えてるんですか?」
「なんとかして山崎を味方につけられない?」
 ルウと葵が顔を見合わせる。あたしの考えを読んだ葵が目を見張って、
「まさか、ファントムを夢魔と戦わせるつもりですか?」
「そうよ。戦力が不足してるっていうなら、そいつらでもいいじゃない。数だけは多いんでしょ?」
 ルウは椅子にだらしなく寝そべり、物憂げに尻尾をブラブラと揺らした。
「まあ、人数はそれなりだが……彼らが私たちに味方するとはとうてい思えないな」
「どうしてよ?」
「私のゲシュタルトが破壊されたからといって、彼らはまったく痛痒(つうよう)を感じないだろう。どうでもいいことに彼らが力を貸すと、きみは本気で考えてるのか?」
「じゃあ、訊くけど、味方になってくれないという根拠はなに?」
「私たちと夢魔との戦いにファントムが関心を示すとは思えないからだ」
「それって、結局、ルウの推測じゃない。根拠にならないよ」
「それはそうだが……」
「信じれば強くなれるって言ったの、ルウだよ?」
「そういう意味で言ったんじゃない。ファントムを思いどおりにできるなんて考えは……」
「いいじゃないですか」
 葵が強い口調でルウの反論をさえぎる。ルウは葵を見上げ、当惑げに首をひねった。
「やってみましょう。やってみないと結果はわかりません」
「きみまでファントムが味方になると信じてるのかね?」
「信じます」
 葵はきっぱりと言い切る。にっこりと微笑んで、
「失敗すると思いこんでたら、なにごとも成功しません。わたしは信じます」
「フム。正論ではあるな。結果がともなうかどうかは別だがね」
 黒ネコは椅子から飛び降り、子供たちが騒ぐ書架のあいだへ悠然と歩み去っていった。
 司書が控え目な声で、本の貸し出しを待っていた利用者の名前を呼ぶ。子供連れの母親がのんびりと鼻歌を歌いながら、あたしと葵のあいだを横切っていく。ごま塩頭の男性がラックに置かれた雑誌をパラパラとめくっていた。
 葵は穏やかな眼差しであたしを見つめている。
「……ここで山崎さんが来るのを待つしかありませんね」
「来るかな、あのひと?」
「来ます。山崎さん、わたしにとても興味があるようですから」
 葵はクスリと笑って、
「わたしが山崎さんを説得します。絶対にイエスと言ってもらいましょう」
「葵のお願いならなんでもきいてくれるよ、きっと」
 あたしが笑うと、葵もつられて軽い笑い声をたてる。笑い声が収まると、あたしの物思いは花鈴へと回帰していった。翔馬の記憶と感情がひたひたと胸のうちに押し寄せてきた。
 夢魔を滅ぼすことは、花鈴を助けることにもつながる。でも、それは菜月を再び死の淵へと追いやることにもつながる。花鈴と菜月、どちらも助けたいけれど、そのための方策はまだ見えてこない。いったい、どうすれば……。
 あたしが思案に暮れていると、葵が静かな声で呼びかけてきた。
「……薬袋さんのこと、気になりますか?」
「へ?」
 あたしは目をパチクリさせる。そこで、はたと気づいた。葵が現実世界のあたし──翔馬を見知っているということは花鈴のことも知っているかもしれない。なんだか急に気恥ずかしくなってきて、舌がまともに動かなくなった。葵はおおらかな笑みを浮かべてあたしを見守っている。あたしが困惑しているのを見てとると、声に力をこめて言った。
「あなたが薬袋さんを助けてあげたいと思うように、薬袋さんもあなたに助けてほしいと思っていますよ」
 ホントにそうだろうか。あたしにはそこまで断言する自信がない。
「あたしは──っていうか、ホントは翔馬なんだけど──きっと花鈴によく思われていないよ。あんなことがあったから……」