小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

紅装のドリームスイーパー

INDEX|50ページ/98ページ|

次のページ前のページ
 

「こんな事態になったんだ。いつまでも自分の秘密にこだわってる場合じゃないだろう。夢の世界だけじゃなく、この現実世界でもぼくたちは協力したほうがいい」
 その言い分はもっともだ。反対意見はない。おれはうなずき、
「梁川とはもう会いましたか?」
「梁川?」
 浩平が顔をしかめる。梁川のことを知らないらしい。まだ接触していないのだろうか?
「ルウのことですよ。いまは梁川澪という女の子になって、現実世界にいます。おれのクラスメイトで委員長なんです」
「ああ、そういうわけか。いや、ぼくはまだ会ってない。会う必要もないだろうけどね」
「って……会わないんですか?」
「ぼくじゃなくて、きみのフォローをするために女の子に化けたんだろ? さすがに黒ネコのままだと不都合が多いからね」
 そこで、はたと気づいた。
 菜月も浩平も、ネコを飼っているとはこれまでひと言も言っていなかったことに。
 菜月の家には何度か遊びに行ったことがあるが、ネコなんてどこにもいなかった。菜月の死後に浩平がネコを飼いはじめた、という可能性もあるが、浩平は東京の大学にかよっていて、いまは実家に住んでいない。浩平が東京の下宿先でネコを飼っているとも思えなかった。
 どういうことだ? ルウは、自分の名前は葵の飼いネコからとられたものだ、と話していた。ルウがまちがえていたのか? いや、それはないだろう。おれにウソをついていたとは考えられない。
 となると……。
 あるひとつの可能性が思い浮かんできた。
 愕然とする。内心の動揺を気取られないよう、あわてて顔を伏せる。
 おれの推理が正しければ、浩平の正体は……。
 なにか……なにか、確かめる方法は?
 待てよ。よく思いだすんだ。葵はなんて言っていた?
 セーラー服を着ていたとき、「これは学校の制服です」と葵は言っていた。
 男はセーラー服の制服なんか着ない。つまり、葵は現実世界でも女だ。
 それに、浩平はおれと同じ城南高校を卒業している。城南高校の制服はいまも昔も男女ともにブレザーだ。セーラー服じゃない。
 あとは……そうだ、昨日、駅のトイレで浩平が見せた不審な行動。浩平は鏡に映った自分を見ても、それが自分だとわからないような反応を示していた。
 おれはだまされている。浩平は葵なんかじゃない。
 こいつは──
「……そうか。おまえだったんだな、花鈴をけしかけたのは」
 おれの声の変化に、浩平がいぶかしげな目を向ける。
「新城君? どうかしたのかい?」
 浩平とのあいだの距離を一気にまたいで、ヤツに殴りかかる。不意打ちのはずだったのに、浩平は軽快なフットワークでおれのこぶしをかいくぐり、後ろにとんだ。怒るでもなく、当惑するでもなく、バカにしたようにニヤニヤしている。
「いきなりなにをするんだい? ひどいなあ」
「おまえは夢魔だ」
 おれはうなる。
「ルウにできることだったら、おまえにだって当然できるよな。ただ、時期がルウよりも早かったというだけだ」
「ぼくが夢魔? なに言ってんのかな、きみは?」
「葵は現実世界でも女だ。男じゃない。おまえが葵というのはウソだ」
「ほう?」
「夢見人じゃないのに夢魔の干渉を逃れられる存在がいるとしたら……それは夢魔自身ぐらいだろうよ。まだあるぞ。おまえ、鏡に映った自分がわかんないんだろ? 夢魔には自己認識の能力がないらしいからな」
 浩平がクツクツと笑う。もう一回、殴りかかってやろうかと思ったが、浩平の動きのほうが早かった。
 なにが起こったのか、おれには理解できなかった。
 気がつくと芝生の地面に倒れこんでいた。
 胃が体内でのたうちまわっていた。腹を殴りつけられたようだ。えぐるような痛みがヘソのあたりからジワジワと全身に拡散していく。肘をついて起きようとしたら、爪先で胸を蹴られた。意識がフッと遠のく。口のなかに血の味が広がった。
 いびつな視界のなかに浩平が割りこんできた。おれを見下ろして陰気な冷笑を浮かべている。
「ひどいなあ、そんな言い方は。ぼくは、ほかのゲシュタルトに属するドリームスイーパーだっていう可能性もあるんじゃないのかな? そんなに簡単に決めつけてもらいたくないね」
「……だったら、最初からそう名乗ってるはずだろ」
 しゃべるとイヤな感じの咳が出た。痛みが背筋から脳天へと突きぬけて、息がつまる。
 浩平が歯をむく。黄ばんだ乱杭歯(らんぐいば)が唾液の糸を引いた。
「ああ、なるほどね。見かけによらず、きみは洞察力があるな。うん、人間、なにかしらひとつぐらいは取柄があるもんだ」
「ふざけ……」
 今度は左の脇腹をしたたかに蹴りつけられた。肋骨が不気味な音をたてる。激痛で視野に赤い斑点が散った。
「きみにはジャマしてもらいたくないんだよ。それを言いたかったんだ。もっと穏便な方法でぼくの要求を聞き入れてもらうつもりだったんだけれどね。どうやらきみをみくびってたようだ」
 息をするだけで精一杯だった。立ちあがれない。それどころか、身体を横向きにすることすらできなかった。苦痛が全身をさいなんでいる。蹴られた脇腹がズキズキとうずいた。
 ケンカ慣れしているわけじゃないおれの戦闘力なんてタカが知れている。おれと浩平との差はここでも歴然としていた。一対一の格闘だと、どうあってもこいつに勝ち目はないだろう。
 たとえ、勝ち目がなくても──
「絶対、許せねえ。おまえが花鈴に悪夢を吹きこんだんだな。花鈴はおれなんかよりもよっぽどおまえを頼りにしてたのに……」
「それはきみに頼りがいがないから悪いんだろう。自分のふがいなさを他人のせいにするのは感心しないな」
 認めたくはなかったが……ヤツの反駁(はんばく)はまったくのデタラメでもなかった。ヤツの言うとおり、おれのふがいなさが事態を悪化させたのかもしれない。
 否定はしないさ。どんな非難も甘んじて受けようじゃないか。
 おれは自分がそんなにできる人間だとは思っていない。
 思っていないが……こいつだけは許せないんだ!
 花鈴のそばにひっついて悪夢を垂れ流してきた、こいつだけは!
「……どうして花鈴を狙ったんだ?」
「ああ、あの子は前々から気に病んでたからね。精神的に弱いところがあるから、悪夢に引きずりこむのは造作もなかったよ。きみにも、あの糸川君にも接触してみたんだけれど、どうも反応はいまひとつだったからな」
「おれ?」
「きみも何度か悪夢を見ただろ? そのなかにぼくが出てきたはずだ。早見菜月の姿をしたぼくを、ね」
「クソ……あれはおまえの仕業だったのか?」
「ぼくは夢魔だからね。ぼくの存在意義は人間に悪夢を見させることさ」
 毎回、同じような悪夢を見る理由がこれでわかった。全部、こいつが仕組んだことだったんだ。
 いま思えば、菜月のお墓参りのときに大樹が居合わせたのも、花鈴を精神的に追いこむための巧妙な罠だったんだろう。
 クソ、やり方が汚い野郎だ!
 浩平が陽気な笑い声をたてる。痛みに身動きできないおれを肉食獣めいた目つきでながめて、肉の厚い唇を舌で湿らせた。
「さて、きみをどうしたものかな? 説得に応じてくれればぼくも手間が省けて楽なんだが……」