紅装のドリームスイーパー
Memories Level.4 ──いまから十年前、幼稚園
泣いている。花鈴が。
パパの絵がうまく描けないって、さっきからワンワン泣いている。
おれは菜月と顔を見合わせる。菜月もほとほと困り果てた顔をしている。「なんとかしてよ」と、おれが肘でつつくと、菜月は不服げに口をへの字に曲げた。
思いあまった菜月が「花鈴ちゃん、いっしょに描いたげる」と、花鈴に助け船を出す。
それでも花鈴は泣きやまない。半分かんしゃくを起こして、真っ白な画用紙を黒いクレヨンで塗りつぶしていく。パパの顔のはずだったオレンジ色の玉が真っ黒になっていく。
なんだか悲しい。悲しくて、悲しくて、おれも泣きたくなってくる。
幼稚園の先生が「どうしたの?」と花鈴の顔をのぞきこむ。
花鈴は泣きながら、「パパがね、パパがね……」と繰り返す。それだけで先生には通じたようだ。
「じゃあ、先生といっしょにパパの絵、描こうか?」
それでようやく花鈴の機嫌がなおった。先生といっしょにクレヨンを画用紙に走らせている。カリカリカリ。画用紙をこするクレヨンの音。花鈴が笑う。楽しそうに。
なんだろう、この気持ち。
花鈴が泣きやんだからよかったはずなのに、モヤモヤと晴れないこの気持ちは?
菜月が花鈴の絵をのぞきこんでさかんにほめそやす。
それを、おれは冷めた心持ちで聞いている。
できあがった絵を見せてくれた花鈴におれはひどいことを言う。なにを言ったのかは憶えていない。
けれども、またもや花鈴が泣きだしたのはよく憶えている。
泣かせたのは、まちがいなくおれだった。
作品名:紅装のドリームスイーパー 作家名:那由他