紅装のドリームスイーパー
チクショウ、おれにそんな権利はないぞ。おれは神様じゃないんだ。そうさ、ふたりの女の子の人生を──ひとりはとっくに終わってしまった人生、もうひとりはこれからも続く人生を──おれの勝手な思惑だけで選ぶ権利なんか、どんな屁理屈を並べたところで絶対に見つからない。いや、それよりも……。
「ふたりとも生かす方法はないのか? 花鈴がいて、菜月もいる世界を実現することだって可能なんじゃ……」
「それはムリな相談だな。いくらなんでも虫がよすぎるというもんだ」
にべもなく言い返されて、おれは言葉を失う。頭のなかが買ってきたばかりのノートみたいに真っ白になってしまい、なにも考えられなかった。
「私からひとつ、アドバイスをしておこう。この世界が改変されるまでは、早見菜月は死者だった。それが自然な状態だと思わないかね?」
「……つまり、花鈴を助けろ、と?」
「薬袋花鈴は死んでいないからな」
そう。そのとおりだ。たぶん、梁川の言い分が正しいのだろう。そうだとしても……おれは簡単に納得できなかった。菜月はいま生きている。もともと死んでいたからといって、また墓の下に押しこめるのが本当に正しいやり方なのか?
いつもいっしょだよ、とおれに言い含めたときの菜月の表情が思い起こされた。野球部のマネージャーになってから、菜月はどれだけ野球のルールを勉強したのだろう? 大樹のそばにいたいその一心で……いまを大切にしたいその気持ちがおれにもすごく伝わってきて……それをおれは全部、なかったことにするのか? 菜月の笑顔を永遠に消しておいて、それでも平然としていられるのか、おれは?
おれはそんなに心が強い人間なのか? おれはそこまで打算的になれるのか?
「クソ……おれは……」
「よく考えて結論を出すんだ。悔いのないようにな」
まるっきり他人事みたいな梁川の態度に、猛烈に腹がたった。怒鳴りつけようと口を開き、大きく息を吸って……梁川の物悲しげな顔とぶつかり、呼気が唇の端から逃げていく。憤懣(ふんまん)、不安、焦燥──煮えたぎる感情が呼気といっしょに体外に排出され、しなびた自己憐憫(れんびん)と焦げついた罪悪感だけが胸の内奥に重くわだかまった。
わかっている。梁川に八つ当たりしてもなんの解決にもならない。
これはおれが答えを出すべき問題だ。
おれがカタをつけなければならない問題なんだ。
でも……ドリームスイーパーはおれだけじゃない。もうひとり、いる。
「葵は無事なのか?」
「きみと違って夢魔に殺されたりしなかったよ。いまは夢魔の攻勢をひとりでしのいでる。けれども、彼女ひとりで夢魔を撃退するのは不可能だ。夢魔は薬袋花鈴と一体化してますます力をつけた。このままでは早晩、葵も力が尽きるだろう。きみと葵のふたりで力を合わせるんだ。夢魔を滅ぼすにはそれしかない」
おれはため息をつく。花鈴を救う──それ以前に、夢魔を斃そうとするならば、葵の協力は欠かせない。この問題を葵に話したら、彼女はなんと言うだろうか。おれに有益なアドバイスをしてくれるだろうか。それとも、優柔不断だとおれを笑うだろうか。
笑われたほうがまだマシかもしれない。それはおれの弱さを隠さなくてもいい、ということだから。弱い自分をさらけだして、葵にすべての責任を押しつけられる。自分で選択しなくて済むのなら、どれだけ気持ちが軽くなることだろう……。
葵に選択を任せてしまいたい、というあらがいがたい誘惑がおれをたきつけた。おれは葵の指示に黙って従うだけでいい。なにも考えない。なにも気にしない。それだけだ。
おれは決断しなくてよくなる。逃げられる。
……いや、ダメだ!
葵に責任をなすりつけたりしたら、おれはあとで後悔するに決まっている。そんな自分を許せるとはとても思えない。
思いだすんだ。おれは自分になんて言った?
ひたすらまえを向け。
後悔したくなかったら、まえだけを見ていろ。
おれは、逃げたりしない。絶対に──
作品名:紅装のドリームスイーパー 作家名:那由他