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紅装のドリームスイーパー

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 鈍い金属光沢を放つ四角い銃身、そこだけが真っ黒なトリガー、縄目模様が刻まれた細身のグリップ──小さいわりにずっしりとした重みを感じる。
「わたしの破夢弓(はむゆみ)と同じ、遠隔攻撃用の武器ですね」
 葵が興味深げにあたしの銃──夢砕銃を観察して、
「試しに撃ってみますか?」
 銃なんて触ったこともないのに、あたしの頭のなかには夢砕銃の扱い方がいつの間にかインプットされていた。構造はごく単純だ。見かけは自動拳銃(オートマチック)と同じだが、スライドもマガジンもなく、ただ単にトリガーを引けばよい。マガジンがないから弾が切れることもない。どちらかといえば、SF小説などに出てくる光線銃(レイガン)に近かった。
 試し撃ちをしてみたい、と伝えると、ルウがゴロゴロと喉を鳴らした。
「では、ここから遷移するとしよう。ついてきたまえ」
「このまえのようにつかまらせてくれないの?」
「いまのきみなら簡単に私たちを追跡できるはずだ。これも訓練の一環だよ」
 言うが早いか、ルウの姿がフッとかき消える。続けて、いたずらっぽい笑みを残し、葵が消える。あたしだけが図書館のなかに取り残された。あいかわらず書架のあいだを子供たちが走りまわっている。気がつくと閲覧コーナーにいた老人はいなくなっていた。カウンターの向こう側で司書の女性が黙々と本の背表紙にラベルを貼りつけている。
 あたしはため息をつく。ルウの言っていたことがなんとなく実感できた。身体のどこかが見えない糸でここではない場所とつながっている感覚があった。まるで釣り糸のさきのエサに喰いついた魚になったような気分だ。その糸をたぐる。遷移した。

 建物の屋上──きちんと整列した物干し台の列に色とりどりの洗濯物がぶら下がり、ときおり吹き渡る強い風になびいている。錆びにまみれた給水タンク、汚れて黒ずんだペントハウス、継ぎ目から黄色っぽい水が浸みだしたコンクリートの床。錆びて真っ赤になったフェンスが屋上をぐるりと囲んでいる。風雨にさらされ、すっかり色あせたパラボラアンテナが、途方に暮れた老人のように灰色の空を振り仰いでいた。
 誰かが残した夢の残滓──ゴーストシェル。
 物干し台と物干し台のあいだの谷間にルウと葵がいた。ちゃんとついてきたあたしを見て、ルウが満足げに小さな牙をのぞかせる。
「なんでもいい。試射してみたまえ。その銃の威力がわかるはずだ」
「的がないけど?」
「的ならそこら辺の物干し台でも充分だろう。あそこのパラボラアンテナでもいっこうにかまわない。葵、きみがお手本を見せてくれないか?」
「はい」
 葵が自分の武器を召喚する。白い強烈な光とともに破夢弓(はむゆみ)が彼女の右手のなかに現れる。弓をかまえ、弦を引きしぼる。光でできた矢がつがえられる。狙いはくたびれたパラボラアンテナ。
「打(タ)!」
 矢を放つ。銀色の軌跡を引いて、光の矢がアンテナのまるい皿に吸いこまれた。パラボラアンテナが音もなく一瞬で消滅する。
 あたしは目をパチクリさせる。消えたはずのパラボラアンテナが、なにごともなかったように現れた。さっきと角度が違っている。空を斜めに仰いでいたのに、いまは天頂を向いていた。
「きみたちドリームスイーパーの武器には夢を消し去る効果がある。例外は、私のような存在ときみたち自身だ。それ以外のものはどんなものでも消えてなくなる。尖兵や夢魔でさえも、な」
 ただし、とルウは付け加えた。
「葵の破夢弓やきみの夢砕銃は遠距離からの攻撃が可能だが、その分、マナを多く消費するから注意が必要だ」
「なによ、そのマナっていうのは?」
「簡単に言うと夢を維持する力、ということになる。体力のようなものだと思ってくれればいい。夢見人は普通の人間よりも多くのマナを持つ。マナは夢の世界にいるあいだのエネルギー源となる。いま、ここにこうしているだけでもマナは少しずつ消費されてる。マナが尽きるときみは夢の世界にいられなくなる──つまり、目覚めるわけだ」
「夢砕銃は近接戦闘用の武器に比べると大量のマナを消費します。あまり使いすぎるとマナが底をついて目が覚めてしまいますよ」
 と、さわやかな笑顔で、葵。
 あたしは口をとがらせる。夢砕銃を両手でかまえる。錆びだらけの給水タンクを狙った。
「雷弾(ライダン)!」
 トリガーを引く。軽い反動。歯の隙間から息を洩らすような、銃声ともつかない銃声。
 稲妻にも似た白金色の射線が空中におどる。給水タンクに命中。派手に爆発した。給水タンクはおろか、その向こう側にあった物干し台をも粉砕する。さっきのパラボラアンテナと違い、しばらく待ってみても給水タンクは再生されない。あとかたもなく消えたままだった。
 あたしは呆然と給水タンクがあった場所を凝視する。葵も目を大きく見開き、言葉を失っている。夢のなかだというのに、激しい運動をしたあとのようなけだるい疲労感を覚えた。心なしか、身体が少し重くなったような気がする。
「フム。威力はもう少し手加減したほうがいいな。この調子で撃ってたらあっという間にマナを消費してしまうぞ。言うまでもないが、夢の世界にいるときはマナを回復させることはできない。どんどん減っていく一方だから気をつけたまえ」
 あたしは肩をすくめる。なるほど、この生温い疲労感がマナを消費する、ということのようだ。
「次は近接戦闘用の武器だ。葵、きみの斬夢刀(ざんむとう)を用意してくれ」
「はい」
 葵の破夢弓が白い光を放ちつつかたちを変えていく。またたく間に青銀色の刃紋が鮮やかな日本刀へと変じた。斬夢刀──葵の第二の武器だ。葵が刀を正眼にかまえる。
 ルウが顎をしゃくってあたしに武器の変容を促す。頭のなかにくすぶっているフレーズを、あたしはそっとつぶやいた。
「装夢──ドリームブレイカー」
 夢砕銃が光に包まれ、溶けていく。諸刃の剣があたしの手のなかでかたちを得る。日本刀に似た葵の斬夢刀に比べると、あたしの武器は異形の剣だった。指二本分の太さしかない刀身は半透明で、冷蔵庫でつくった氷みたいに芯が白く濁っている。鍔(つば)はなく、刃と同じ材質の半透明な柄には指のかたちにフィットした凸凹が刻まれていた。よく見ると、刀身からうっすらと白い湯気のようなものが立ちのぼっている。触っても冷たくないし、熱くもなかった。
「……変わった武器ですね」
 葵がまたもや目を丸くする。巫女装束のバトルコスチュームや破夢弓、斬夢刀といったオーソドックスな装備の葵と比較すると、あたしのそれは確かに一風変わっている。たぶん、ラノベの読みすぎね、とあたしは心のなかでひとりごちる。中二病からいまだに脱していない森がいまのあたしを見たなら、随喜(ずいき)の涙を流して狂喜乱舞するのに違いない。
「芽衣がどれだけ強いのか、試させてもらいます」
 葵が斬夢刀の切っ先をあたしに向けた。いつになく目つきが本気だ。あたしはあわてる。
「ちょっ……それって真剣でしょ? そんなの振り回したら危ないよ?」
「大丈夫ですよ。わたしや芽衣にドリームスイーパーの武器は通用しませんから。だから同士討ちの心配もありません」