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紅装のドリームスイーパー

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 あたしはコクリとうなずく。ルウは満足げにちんまりとした牙をむいた。
「では、きみの返事を聞かせてもらおうか、芽衣? きみはドリームスイーパーになる気があるのか?」
 あたしは大きく息を吸う。自分の決断を口にするのは思っていたよりも抵抗がなかった。
「やるよ、あたし。あたしはドリームスイーパーになる。ドリームスイーパーになって、葵といっしょに夢魔と戦う。そのためにここまで来たんだから」
 あたしの宣言を耳にして、葵がうれしそうに相好を崩す。黒ネコの表情は変わらない。ネコだから表情にとぼしいのか、それとも感情をあまり表に出さないのか、なんとも判別がつかなかった。返ってきたルウの言葉も、いつもと同じく淡々とした口調だった。
「フム。きみをドリームスイーパーとして受け入れよう。それでいいかな、葵?」
「はい。これからもよろしくね、芽衣」
「あたしこそ、よろしく」
「決まりだな。きみと契約しよう、芽衣」
 ルウがモゴモゴと口を動かすと、あたしの眼前にA4サイズぐらいのまっさらな紙がいきなり出現した。目を凝らす。なにやら文章のようなものがズラズラと書かれているみたいだけど、文字が小さくて読む気がしない。
「……なによ、これ?」
「ドリームスイーパーとしての契約書だ。そこに手をかざして署名したまえ。それで契約は終了し、きみは晴れてドリームスイーパーとなれる」
 なんだかうさんくさい契約書だ。まあ、形式的な儀式のようなものだろうから、いちいち気にしてもしかたがないかもしれない。あたしは言われたとおり、契約書に右手をかざした。あたしの手形が紙面に赤く浮かびあがる。現れたときと同じように、契約書が忽然と消え失せた。
 ルウがおもむろに尻を上げる。口を開け、小さな牙をのぞかせる。笑っているのかもしれない。少なくとも、声には珍しく楽しげな調子が聞きとれた。
「おめでとう。ドリームスイーパーの芽衣の誕生だ!」

 ルウの宣言で、晴れてドリームスイーパーとなったあたしは、さっそく特訓に取り組んだ。といっても、ルウに言わせると「特別に訓練しなければならないようなことはなにもない」らしい。
「きみにはドリームスイーパーとしての能力が最初から備わってる」
 と、ルウがもっともらしく説く。
「きみのいまの身体──きみ自身もわかってると思うが、それはドリームスイーパーになるべくして与えられた特別なアバターだ。だから、現実世界のきみとはまったく異なる容貌となってる」
「もし、あたしがドリームスイーパーになるのを断ったとしたら?」
「数日もすればきみはもとの姿に戻るだろうな。きみにいまのアバターを授けたのはこのゲシュタルトを構成する何十万人もの人間の潜在意識──それがひとつに統合された集合的意志(ハイブマインド)だ。きみにはたぐいまれな夢見人の才能がある。夢見人の全員が必ずしもドリームスイーパーとなるわけではないが、両者は不可分の存在だと考えてもいい。きみは夢魔と戦うことを期待されてるんだよ。その意味で、きみと私は一心同体だとも言える」
 あたしは肩をすくめる。いまの自分が特別な存在であることはわかった。問題は──
「で、どうやったらそのドリームスイーパーとしての能力を使いこなせるわけ?」
「ドリームスイーパーになりたい、と念じるだけでいい。難しいことじゃない」
「芽衣、わたしと同じようにやってみてください」
 葵が助け船を出す。あたしがうなずくと、葵は目をつぶり、小さくつぶやいた。
「装夢──バトルコスチューム」
 葵の周囲の空間に無数の光の粒が出現する。ときには赤く、ときには青く、明滅する強い光を放ちながら、まるでごく小さな人工衛星のように葵の周りを高速で飛び交い、彼女の身体に音もなく吸いこまれていく。
 葵がスッと右手をあげたその刹那(せつな)──
 金色の閃光が、すべての光と影を圧して爆発的に膨張する。書架に寄りかかって遊んでいた子供たちが、嵐のような光の暴風に呑みこまれて輪郭を失う。そのまぶしさに、あたしはたまらず右手で顔をかばう。
 光の爆発はすぐに収まった。目を開ける。さっきまでのセーラー服ではなく、例の巫女装束に身を包んだ葵がいた。
「すごい! 変身した!」
「芽衣もどうぞ」
 と、無邪気に微笑んで、葵。
「あたしも変身できるの?」
「変身なんかじゃない。これはバトルコスチュームという、尖兵(せんぺい)や夢魔と戦うときに装着する戦闘服で、見かけよりもずっと防御力が高い……」
 あたしは開いた右手をルウに突きだして、黒ネコの説明を途中で押しとどめる。
「わかったわよ。そのバトルコスチュームとかに変身すればいいんでしょ?」
「だから、変身じゃないと言ってる」
 なおもブツブツとこぼすルウを無視して、あたしはひとつ深呼吸。目を閉じて、集中する。言葉が勝手にあたしの口をついて出た。
「装夢──バトルコスチューム」
 光があふれた。白銀色の、霧にも似た粒子があたしを取り囲み、速い動きで渦を巻く。直射日光にさらされたときのような、熱い感覚。そして、一瞬の冷感。あたかも新しい星が生まれたかのように、目くるめく強烈な光輪が幾重にもふくれあがっていく。
 光の洪水。
 眼底を焼き焦がす強い光が収まると、あたしの変身は完了していた。
 まばたきを繰り返す。自分を見下ろした。
 深紅(クリムゾン)のコスチューム。でも、見覚えがある。ひと目でわかった。あたしの姿のもととなったあのラノベのヒロイン──彼女が装着していた軽装の鎧(アーマー)そのものだ。
 コスチュームは胸部を保護するパーツと、腰から太腿を保護するパーツとに大きく分かれていた。胸元は大胆に深くV字形にカットされ、豊満な胸の谷間があらわになっている。袖はなく、肘から手首までを深紅と銀色の腕甲が覆う。脚も同様に、膝から下は深紅と銀色の脚甲で保護されていた。防御力よりも動きやすさを重視したデザインで、金属質な硬さを感じさせる手触りなのにとても軽い。もっとも、夢のなかなんだから、モノの重さにあまり意味はないのかもしれない。
 あたしのバトルコスチュームを目にした葵が賛嘆の声をあげる。ルウは「フム」のひと言だけ。あたしはあらためて自分の全身を点検する。コスプレめいた格好が少し恥ずかしいけど、これでようやく夢魔と戦ういっぱしの戦士になれたような気がした。
「次は武器だな」
 ルウが事務的な口調で、
「きみの武器を見せてもらおうか」
「あたしの武器って、なに?」
「頭に思い浮かんだフレーズを口にするだけでいい。やってみたまえ」
 ずいぶんとぞんざいなアドバイスだ。もっと具体的なアドバイスを待ったが、ルウはなにも口にしようとせず、黙然とあたしを見守っている。葵の期待に満ちた視線とぶつかった。葵が励ますように小さくうなずく。あたしは吐息をつく。目をつぶり、頭のなかをからっぽにしてみた。さきほどと同じく、自然と言葉が口から洩れでる。
「装夢──夢砕銃(むさいじゅう)」
 あたしの右手に白い光が集まる。光がかたちを得て凝結すると、銀色の銃があたしの手のなかにすっぽりと収まった。出現した銃を、あたしはためつすがめつながめる。