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ヒトサシユビの森 4.クスリユビ

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そのさらに2日後、いぶきの行方不明から7日目の午後、石束警察は署内の会議室を会見場に模様替えし、記者会見を開いた。
警察に招かれて地元の新聞社やテレビ局など数社の報道担当記者やカメラマンが会見場に集まった。
警察に呼ばれたかざねはその会見場には入らず、別室で音声のみ会見の様子を聴くことになった。会見の冒頭、捜査を担当した刑事部長が手短に最新の情報を記者たちに説明した。
「昨日、日没前後に白骨遺体発見現場のすぐ近くの土中から、あらたに子どもの指の骨が見つかった」
「その骨の近くから比較的新しいタバコの吸い殻が見つかった」
「検案の結果、それは先日発見された遺体に欠けていてた手指の部位の骨であると判明した」
「さらに骨についていた微細な細胞組織からDNAを採取し鑑定したところ、溝端いぶきちゃんに一致した」
「総合的に考察した結果、先日発見された白骨死体は溝端いぶきちゃんであると判定された」
「死因、死亡時期等は遺体の状況から不詳とする」
「現場付近に落ちていたタバコの吸い殻については現在分析中である」
警察発表の記者会見場には、刑事部長に並んで茂木慎平の姿もあった。
茂木は監察医でも法医学者でもない。総合病院の院長とはいえ、茂木は一介の内科医にすぎない。
なぜかこの事件に関しては鑑定医の立場を得て、白骨遺体の検案に加わることができた。
すべて蛭間健市の差し金だった。記者の質問が専門分野に及んだときに卒なく答えることを、蛭間は茂木に託した。
茂木はボールペンを手に緊張気味に会見に臨んだ。
「ご質問にお答えします。」「死体が数日で白骨化することは、あり得ます。子どもだと成人よりもっと早い」「目立った外傷は見当たらなかった。死因は不詳です。殺害された可能性については、なんともいえません」
茂木は記者からの質問に淡々と答えた。「あとから見つかった指は、右手の人差し指です」「なぜこの指の骨だけ・・・」
と茂木が話し始めたとき、会議机に無造作に置いたボールペンがころりと半回転した。
細長い六角中の本体にペン先がついた廉価ものだ。手が触れたか、机のわずかな傾斜が作用して転がったのか、茂木は気に留めることなく話を続けた。
しかし視界の隅に捉えたボールペンが気になって仕方なかった。
そのボールペンが、まるで自発的に勢いをつけて転がろうとしているかのように、小刻みに揺れているのだ。
そして揺れが限界点を超えると、コロコロと机に上を転がり、ついには机の端から床にストンと落ちた。
落ちてもボールペンはなおも転がり続けた。
そして壁ぎわで会見を立ち見していた安田の靴先に当たって止まった。
ボールペンの動きを呆然と見ていた茂木は、ふっと我に帰ると、ファイルを畳んで足早に会議室から立ち去った。

記者会見の様子を署内の別室で聴いていたかざねは、事前に「発見された死体がいぶきである可能性が高い」と安田から知らされていたため、会見での衝撃はなかった。
しかしあらためて遺体がいぶきであるとの公式発表を聞くと、やりきれない思いに苛まれた。

遺体発見現場付近から発見された2本のタバコの吸殻は、発見当日にDNA鑑定に回されていたが、記者会見の数時間後に、その結果が石束署署長のもとに届いた。
署長からその結果を受け取った刑事部長は、安田を含めた捜査員全員を集め、鑑定結果を共有した。
タバコについた皮脂から採取したDNAは、溝端かざねのDNAと一致する、というものだった。
タバコの吸殻が現場に落ちていたという状況証拠をもって、ただちに溝端かざねの逮捕状を請求できるか、意見が分かれた。
話し合いが紛糾しているところに、新たな情報が刑事部長のもとにもたらされた。
かざねが運転するミニローバーの車内から、複数の血液反応が発見され、いぶきのものと確認されたという情報だった。
かざねの所有車の捜索は、事件を統括する刑事部長も知らされていなかった。もちろん部下である安田も初耳だった。
安田は証拠が発見される過程に違和感を感じた。土中から白骨遺体を見つけたとき、現場そのものとその周辺に至るまで時間をかけて捜索した。
だが、指の骨らしきものやタバコの吸殻のようなものなど、かけらもなかった。
それが数日後の捜査で発見された。
それもかざねが吸ったタバコの吸い殻だという。
そしてかざね所有の車の中からいぶきの血液反応。どれもかざねにとって不利に働く証拠ばかりだ。
「部長、溝端かざねの車の捜査は誰が?」
「知らん。署長から回ってきた」
「署長に会って訊いてきます」
「おい、待ちたまえ、安田!」
安田は刑事部長が制止するのも聞かず、署長室に出向いた。
「失礼します」と安田がドアを開けると、署長がスーツの男と談笑していた。
蛭間健市であった。安田は蛭間を一瞥すると、所長に尋ねた。
「署長、お聞きしたいことがあります、かざねの車の捜査は誰からの・・・」
「いや、安田くん。君たちには言ってなかったが、早くから溝端かざねをマークしておったのだよ。車のほうは県警本部の捜査二課に応援要請してやってもらった」
署長は悪びれる様子もなく、椅子に深く腰掛けて安田に答えた。
蛭間は満面の笑みを安田に向けた。
「安田くんといったかな。これで心置きなく溝端かざねを逮捕できるじゃないか」