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ヒトサシユビの森 4.クスリユビ

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日付が変わった深夜、坂口、玉井、茂木の三人の男の姿は稲荷山近辺の山中にあった。
正確には稲荷山から谷を隔てて聳える天狗岳の麓である。アラカシやシラカバが群生する森林地帯の一画だ。
森林地帯は、天狗岳の西に位置する笹ヶ峰を最高峰とする尾根づたいまで広がっている。
天狗岳はかつては良質の御影石が採れたことから、石材業者や石を切り出す石工たちが数多く出入りしていた。
けれども需要の減少と運搬費に高騰のため、先の大戦と前後して閉山となった。
その後は、険しい地形と切り立った崖が自然の要害となり、地元の人間でさえ滅多に足を踏み入れることが困難な秘境と化した。
今では多様な野生動物たちが棲息し、自由に闊歩する安息地となっている。
狩猟を趣味とする坂口らにとっては、天狗岳周辺は絶好の狩場である。
何度も訪れているため地理には明るい。しかしその夜の目的は狩猟ではなかった。
ラクダの背の形をした岩の上にLEDランタンを置いて、坂口が言った。
「あの吊り橋、そろそろ限界だな」
「ああ、やばかった。桁板が二、三か所落ちてた」
「あの橋はいくら警察でも渡らないんじゃない?」
「いや、用心に越したことはない」坂口はヘルメットに装着したLEDライトで地面を照らした。「このあたりだったよな、茂木?」
「ええ? 僕に訊くなよ」
「ああ、この場所だ」
そう言って玉井は率先してスコップを地中に突き刺した。坂口と茂木も玉井に倣って土を掘り返した。
「なあ、健坊は知ってるのかな、このホトケが誰の子どもか」
「さあな」
「大輔は知ってるんだろ」
「なんで俺が? 俺が知ってるのは健市を含めた4人に可能性があるってことだけだ」
「僕じゃないよね?」
茂木が土を掘る手をとめて言った。
「わからん。ただこのガキが見つかってDNA検査されて、茂木お前が父親ですってなったら、どうする?」
「えっ、この子が僕の子かもしれないってこと? そんな・・・」
「そんなことになったら面倒だろ。だから絶対見つからない場所に埋めなおすんだ。わかったら早く手を動かせ!」
玉井のスコップの先が何かに触れた。玉井はスコップを捨てて腹這いになった。
土中の何かの表面の土を両手で払いのけた。
坂口のヘルメットライトが玉井の手元を照らすと、黒土にまみれた目の粗い布状のものが立ち現れた。
「よかったぁ」と玉井が息を吐いた。「この袋、俺が毛皮入れるのに使ってたやつなんだ」
それは鈍色に変色した収納袋の一部であった。
「袋がどうしたって言うんだ?」
「遺体と袋が一緒に見つかれば、真っ先に疑われるのは俺かな、って」
「サトシ、そんなこと心配してたのか」
「ああ、みんなには言わなかったけど、内心ヒヤヒヤだった」
玉井は収納袋が埋もれているであろう範囲におおよその目印をつけた。
坂口らは玉井がつけた印の枠外を慎重に掘り進めた。
やがて袋の繊維が絡みついた小さな白い骨が、坂口のライトに浮かびあがった。
茂木が骨に顔を近づけて言った。
「間違いない。人の子どもの骨だ」

三人は掘り進めた穴のすぐ横にブルーシートを敷いた。
玉井がビニール手袋をはめた手で人骨と朽ちた袋を引き離し、人骨を茂木に手渡す。
茂木は手渡された骨の部位を確認しながら、丁寧にブルーシートの上に並べていった。
やがてブルーシートの上に小さな子どもの骨格標本のようなものが出来上がった。
「サトシ、もうないのか?」
茂木が穴の淵に腰を落ち着けて作業を続ける玉井に訊いた。
「ああ、ないよ」
「手の指の骨が一本足りないんだけど」
「それで全部だ。もう穴の中には何もない」
「右手の人差し指だけど」
「いいんじゃないか、指の骨一本くらい」
細かい作業は二人に任せて照明係に徹している坂口が口を挟んだ。
「そうだ、茂木。どうせまとめて埋めなおす」
「土の中で窒息死したとして、なんで指が一本だけないの?」
「動物でも咥えていっちまったんだろ」
玉井は腰を拳で叩きながら膝立ちをした。茂木も疲れを感じていたため、それ以上、納得いく答えを探すことを諦めた。
三人はさちやの亡骸を取り囲んだ。
「こうして見ると、あんまり気持ちのいいもんじゃないな。ま、成仏してくれ」
坂口は目を閉じ、片手で拝んだ。玉井と茂木は両手を合わせて、しばし黙祷した。
「うわぁっっ!」
坂口が不意に驚きの声をあげた。茂木らは坂口の声に驚き、目を開けた。
「どうした、大輔?」
坂口の視線の先、ブルーシートの端に、いぶきが立っていた。
いぶきは胸にウルトラマンのフィギュアを抱えて、ぼんやりとさちやの白骨遺体を見つめていた。
茂木は後ずさりの膝が崩れて、尻餅をついた。
玉井はポカンと開いた口の中で、奥歯を震わせた。
坂口はいぶきの顔にライトを当てた。
「おまえ、あの時の・・・」
「そうだ、道の駅。お前、なんでここにいる?」
玉井が唇を震わせていぶきを指さした。
いぶきの幼い顔がライトに照らされ、闇に浮かびあがる。太い眉、大きな瞳。
その容貌がどことなく、さちやに似ていることが、三人の男を震撼させた。
「行方不明のガキか・・・」
「見られた・・・」
「誰かに言うかな」
「こんな小っちゃいガキの言うことなんか、誰も信用しねえよ」
坂口はぐっと考えこんで、おもむろに腰のホルダーからサバイバルナイフを抜いた。
白銀色のナイフの刃にLEDライトが撥ね返り、キラっと光った。
「おい、ガキ。おとなしくこっちへ来い!」
「大輔、何をするんだ?」
地面に座したままの茂木が、ナイフを持つ大輔を見上げた。
「大輔、早まっちゃいけない」
中腰になり、坂口はなおもいぶきににじり寄った。
見かねた茂木は、タックルの要領で坂口にしがみついた。
行き足を止められた坂口は、両足をしっかり踏んばったまま、いぶきを威嚇し茂木を追い払う。
しかし茂木のほうも懸命だ。
いぶきは三人の男の滑稽な姿を見渡すと、くるりと向きを変えて森に向かって駆けだした。
「おい、逃げたぞ。サトシ、捕まえろ!」
坂口は玉井にそう言い放ち、茂木の手を振りほどいた。
「バカ、誰も殺すなんて言ってねえだろ」
茂木は地面に両膝をついて脱力した。