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ヒトサシユビの森 4.クスリユビ

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ゴルフバッグを後部座席に積んだアウディのオープンカーが、稲荷山の麓の県道を疾走した。
運転しているのは、金糸の刺繍が入ったゴルフウェアを着ている玉井聡。
助手席では、若い女性がカーオーデイオから流れるラップミュージックに身体を揺らせドライブを楽しんでいた。
「よせよ、運転中だぞ」
玉井が前を向いたまま、女性に言った。
「えっ?」
女性は怪訝そうに、驚いてみせた。
「だから、よせって」
「私、何もしてないわよ」
玉井はしきりに身体をよじらせた。女性は「変なの」と言ったきり、流れる景色に身を任せた。
脇腹から鳩尾、胸元へと小突かれるような感覚に玉井は襲われていた。
その感覚は喉元に達し、ウッと口を開いた瞬間、何かが口から喉の奥に滑りこんだ。
息苦しくなった玉井は、スピードを落とすしかなかった。
激しく咳きこんだため運転に集中できず、車をいったん路肩に停めた。
「どうかした?」
女性が玉井を見ると、玉井は口を開いたまま動かない。
目も大きく見開いて咳こんだかと思うと、口の中から真っ赤に血に染まった小さな物体がニョキニョキと出てきた。
女性は叫び声をあげて車から降り、逃げだした。玉井は口に手を突っこみ、その物体を掴もうと試みたが、指先が血に染まるだけで、物体に触れることはできなかった。
ようやく息が戻り、深呼吸して前を向くと、視界がまだらに赤い。視野を広げると眼鏡レンズの表面を幾筋もの血が滴り落ちている。
眼鏡フレームの上を赤い物体がクネクネ動くのが見えた。玉井は慌てて眼鏡を振りはらった。眼鏡は車外に放りだされた。それでもなおその物体は、玉井の眼前にあった。節のある細長い物体。丸みのある先端部には湾曲した線が見える。先端だけ他の部分と質感が違って光沢がある。
指ではないのか?
玉井はアクセルを踏み込んでハンドルを握りしめた。瞬く間にアウディーは時速100キロまで速度に達した。
が、その物体は玉井に鼻先の数センチのところにとどまっている。
これは幻だ、こんなものはいないと現実逃避を試みる玉井であったが、その物体が鼻の孔に侵入してくる感覚に、耐えられなくなった。
玉井は息苦しさのあまりブレーキをかけ、点滅信号の手前で車を停めた。道路脇には稲荷山登山口の石段。
玉井は訳の分からないことを叫びながら、車を乗り捨て登山口に駆けこんだ。