ヒトサシユビの森 4.クスリユビ
溝端かざね逮捕のニュースはあらゆるメディアに取り上げられる話題となった。
警察発表を当然の事実として伝えるものが多い中、母子家庭のかざねがあたかも虐待を繰り返す鬼母のようなイメージを読者に植え付ける記事もあった。
放送媒体においては5年前の事件が掘り返され、視聴者の興味を惹く筋書きは、すべてかざねの悪評に拍車をかけるものばかりだった。
読者や視聴者の憶測が憶測を呼び、かざねは世間から完全に犯罪者のレッテルを貼られた。
蛭間、坂口、玉井、茂木の4人は猟友会事務所で祝杯をあげた。
「おい、このコメント、お前じゃないか?」
坂口は夕刊紙の紙面を蛭間に見せた。
「ああ、ちょうど知り合いの記者がいたんで、情報流しといた」
「俺もいち市民として答えたよ。顔はNGということで」
玉井はテーブルの並べた紙皿にスモークした鹿肉を配りながら言った。
「これでひとまず安心だな」
「お前らがドジ踏んだときは、ヒヤッとしたぜ」
「さすがは健坊。軍師黒田官兵衛か、諸葛孔明か」
「とにかくうまくことが運んだ。あとはあの子どもだな」
「小屋に閉じこめたガキか?」
「どうするの、あの子?」
「どうもしやしないよ、茂木」
「このまま餓死させるの、健ちゃん?」
「おいおい、また死体処理かよ」
「俺が日本海まで運ぶ」
「えっ? 日本海?」
「そうか、そうきたか。山じゃなくて海のほうが安心だな、健市」
坂口は笑いながら蛭間にビールを注いだ。
「だめだよ、健ちゃん」
「茂木、心配すんな。お前には迷惑かけない。記者会見よかったぜ」
蛭間はビールを持った手を茂木の肩に回した。坂口は白い泡を口ひげにつけたまま、蛭間に正対して尋ねた。
「で、健市。お前、国政に出るのか?」
「そんな噂あるの、健ちゃん?」
茂木は、目を丸くして蛭間の顔をまじまじと見つめた。
「言えよ。水臭い奴だな」
「県議一期目だぜ、まだまだ早いよ。資金が集まれば考えるがな」
「随分献金してやってるだろ、うちの会社」
「まだまだ足りんよ。次は新幹線の駅でも誘致するか」
4人は笑いながらビアグラスの乾杯を繰り返した。
猟友会事務所の入口の前に屈んで、4人の会話を密かに盗み聴きしていた者がいた。
山本亮太である。亮太はにわかに信じがたい話の内容に、しばらく歯の根が合わなかった。
溝端いぶきの死体が発見されたというニュースは亮太の耳にも届いていた。
すると小屋に閉じこめられている子どもとは、いったい誰なんだ?
作品名:ヒトサシユビの森 4.クスリユビ 作家名:JAY-TA