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ヒトサシユビの森 3ナカユビ

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中には入りたくない、とかざねが言った。警察署の建物を目の前にして、かざねは尻込みした。
「お前がちゃんと行って説明しないと」と亮太が説得を試みた。
「事情はわかるが、それはもう5年も前の話だ」
しかしかざねの拒否感は強く、車に残ると意地を張った。
結局、亮太がひとりで警察署を訪れねることになった。
亮太は手短に受付の職員に事情を説明した。ほどなくして亮太は、地味な色の背広を着た若い男性を伴って、署から出てきた。かざねは車を降りて、若い男性に遠くからお辞儀をした。
若い男性はかざねを見つけて駆け寄った。
「溝端かざねさんですね。安田です」
「はい?」
「憶えてませんか、私のこと?」
安田は俯き加減のかざねの顔を覗きこんだ。かざねは応えるように安田の顔を見つめ返した。だが、記憶が曖昧だった。
「さあ、よく憶えていません」
「5年前、あの場所で私、あなたから、さちやくんを捜すようにお願いされました」
安田は警察署の玄関を指し示した。かざねの記憶が一気に5年前に遡った。
「あっ・・・」と言ったきり、かざねは黙ってしまった。
「思い出しましたか? 稲荷山信号機の現場に、一番に駆けつけた警官です」
「思い出しました・・・」
安田は名刺入れから名刺を一枚、かざねに差し出した。
”石束署生活安全課 警部補 安田正彦”
名刺には個人用の携帯電話番号も記載してあった。
「春に警部補に昇進して私服の刑事になりました」
かざねはあたらめて安田の顔を見つめた。
当時は制服警官で制帽を目深にかぶっていて、いかつい印象しかなかった。だが、スーツを着こなし、髪を綺麗に整えた目の前の若者は、笑顔の似合う爽やかな好青年だった。
それにつけ巡査から私服の刑事へと若くして昇進できたのは、警察官としての適性が優れていたのだろうと、かざねは洞察した。
「溝端さん、あれから私、ずっとさちやくんのこと捜しました。捜査本部が解散してからも、非番のときはひとりで。笹良川流域や稲荷山周辺くまなく。でもいまだに見つけることができていません。私の力不足です。申し訳ありません」
かざねは安田の言葉に胸が熱くなった。亮太が口を挟んできた。
「俺もさ、いちおう捜したんだぜ、半年くらい。それだけはかざねに言っておく」
かざねは目の端で軽蔑の視線を亮太に送った。亮太はその視線の矛先を安田に切り返した。かざねから安田の名刺を横取りすると
「結局、かざねは誤認逮捕だったんだろ。警察は謝罪なしなのか?」
居丈高に安田に詰めよった。安田は、かざねに対して深く頭を下げた。かざねは安田に頭をあげるよう促しつつ、亮太の靴のつま先を思い切りヒールで踏みつけた。
「バカ、警察の力を借りなきゃって言ったの亮太でしょ。安田さん、頭をあげてください。さちやのことは不憫ですが、もう諦めがついています。もしまだお力を借りることができるのなら、お願いしたいことがあるのですが・・・」
安田が頭をあげると、靴の先を両手で押さえながら、片足でぴょんぴょん跳ねる亮太がいた。