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daima
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シマダイ! - あの日の しゃーたれっ子 -

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「よっしゃ。今回の勝負は、この三年A組石川くんが仕切ったる。だあれも文句は無いなぁ? なあー松浦!ええよなぁ!」


ドマソンの幼なじみ、石川くんのよく通る声が講堂内に響いた。城中の頭と言うくらいだから、どんなおっかない人が現れるのかと思っていたが、その容姿は意外にもつぶらな瞳のイケメン風だった。

シバかれたケリを付ける為……という一方的な理由で生意気にも中学校まで出張ってきた小学生三人組を、中学生達は意外にも簡単に迎え入れてくれた。

面白半分……、誰もが退屈しのぎに丁度いいくらいにしか思っていなかったのかもしれない。俺達は目立たないよう放課後の誰もいない講堂へと案内され、石川くんの取り計らいで当事者である“オッサン”こと松浦の兄貴との再会を果たすことが出来たのである。

だが、部活動の準備でただでさえ忙しい時間帯の中、自分を呼び出した相手と理由を理解したオッサンが怒り狂うのに、さして時間は必要としなかった。


「お、おう、ええぞ。こんなチビ三秒で潰したるから何でもええわ」

「ほんなら、島井……とか言うたなぁ? お前が競技選べよ」

「え?」

「え?やないがな。この城中まで乗り込んできた勇気に免じて、勝負のルールを決めさしたる言っとるんだっちゃ。プロレスでも空手でも柔道でも何でもええ、得意なもん言うてみぃや」

「ちょっと待てや石川。ワエは聞いてへんぞそんなもん」

「松浦、お前さっき何でもええって言うたやんけ? こんくらいハンデにもならんわ」

「まぁ……そうやけど。クソッ、おい島井! 早よ決めれえや!」


へへへ……、ほらきた。


「ほんならそうやなぁ……。今巷で大人気のニュースポーツ! クツシングで勝負だっちゃ!」

「……」

「……」

「……?」

(お、おいシマダイちゃん、クツシングなんて俺ら二人でしか流行ってへんやん。全世界で競技人口二人だけやで〜。めっちゃシーンとなってるやんか)

(まぁーな。でもきっと大丈夫だで……、なぁードマソン)

(そうやで垣谷。ちょっとま黙って見とってみぃや)


何とも微妙な空気の中、石川くんが気を取り直した様子で喋りだした。


「な、なるほどな! あのクツシングならバッチシや。松浦! まさかお前ほどのもんが知らんわけちゃうやろ? ええよなぁ!」

「お、おう。クツシングならワエもめっちゃ得意やがな。コテンパンにいわしたるわぇ」

(えぇーーーー! シ、シマダイちゃん、いつの間にクツシングってこんな流行っとったんや)


こそこそ呟くツヨっさんの声を聞いて、俺もドマソンも笑いを堪えるのに必死だった。石川くんが続ける。


「よっしゃ、ほんなら勝負の競技はクツシングで決まりや。レフィリーはこのままワエがする。ほんだけど、ギャラリーの中には知らん奴もひょっとしたらおるかもしれんな。島井、ちょっと説明したってくれるか」


さすが石川くん、上手いこと流れを作ってくれたもんだ。俺は予めランドセルに入れておいたマイ上履きを取り出しながら、いつの間にかギャラリーと化し集まっていたちょっと悪そうな先輩方に対し、クツシングの簡単なルール説明を行った。


「ほんならそういうこっちゃ。パシンと相手の名札を先に叩いたもんの勝ち。ラウンド無しの一発勝負。勝ったもんは相手の言うことを何でも一つ聞くこと。レディー……」


さあ、こっからは正真正銘の真剣勝負だ。


「ファイッ!!」


オッサンは身構えたと同時にパンパンに発達した右腕を思い切り振りかぶった。

何をされるのか考える間もなく、俺の眼前に馬鹿でかいシューズが猛スピードで迫ってきた。


「熱つ!」


流石に野球部エースの肩だ。辛うじて顔を逸らし避けたつもりが、遥か後方で転がる靴音と共に火傷のような痛みが俺の頬に走っていた。

見えない傷に手を添え確認してみる。指先が赤いもので濡れている。擦れた頬から染み出るように出血しているのがわかった。


「まつうらーーーー!」


俺じゃない。その怒声は意外な方向から聞こえてきた。石川くんだ。


「おめぇ大事なグローブ投げるってどういうことだえ! もうぜってー素手の方使うなよ。左だけ使えアハー!! 守れへんかったら俺がしばくからな」

「う、うるせえなー。何でこんなルールいちいち……」

「あぁーー?」


オッサンを睨みつけたその顔は、ジャカルタさえ遥かに凌ぐ程おっかなかった。 


「けっ。こんなクソチビ、片手くらいが丁度ええハンデだわいや」


凄むオッサンを他所に、さっきの先制攻撃で自分の血を見た俺は、何故か返って冷静になれていた。

あれ? ナナから貰った絆創膏、まだランドセルに入ってたっけか……。まぁーええか、帰りにカコんちでも寄って帰るかな。


「われ、何ボーッとしとんじゃい! ワエはここやぞ!」


そう言いながらオッサンは、グローブの残った左手のパンチを繰り出してきた。リーチも長い、パワーもある。だがこの勝負はあくまでクツシングだ。

名札に先にタッチすれば勝ち。大振りのパンチを掻い潜れば何時でもオッサンの胸に手が届きそうだ。それでこの勝負は終わる。


――でも、気が変わったっちゃ!


喧嘩では到底中三のオッサンには敵わない。ドマソンに頼んで石川くんを巻き込み、得意なクツシングでの勝負に持ち込んだ。

でもなぁー、それじゃぁーどうにもこうにも腹の虫がおさまれへん。こないだやられた分と今日切れたほっぺたの分、辛そうだったマッツンの分、キッチリ食らわしたらんな……俺じゃねぇーわ。

相変わらず、オッサンはブンブン腕を振り回しながら猪のように突っ込んでくる。完全に俺を舐めている……、だったら!

俺は両手に嵌めこんだ靴をウサギの耳のように頭上でピタリと揃えた。突進してきたオッサンのパンチを寸前に屈伸で交わし、勢いのままに渾身の力で跳ねた。

それは丁度グローブである靴越しに頭突きする格好となり、『バキャッ』という硬質の打撃音と共にオッサンの顔面へ見事なまでにめり込んだ。


「はっぶぅー!」


断末魔をあげながら仰向けに吹っ飛んだオッサン。両手で顔面を押さえながらうんうん唸っている。

鼻っ柱に思いっきり食らわせられて涙の出ない奴はいない。これはもはや生理現象のようなものだ。


「どうや、必殺の四十三センチ兎拳の味は! 俺の勝ちやなオッサン!」


二十一・五センチの上履き二つ分。今思いついたにしては、なかなかのネーミングだ。

巨体を跨ぎオッサンの顔を見下ろすように威勢良く立った俺は、片方の靴を空高く振りかぶると、松浦と書かれた白い名札めがけ思い切り振り下ろした。


〈パーーン!〉


「勝負ありーー!!」


石川くんの良く通る声が講堂に響き渡った。予想外の決着にギャラリー達もどう反応すればいいのか戸惑っている様子だ。

静まり返る講堂内、最初に口を開いたのは意外にもオッサンだった。


「……言えや」

「へ?」

「へじゃないやろ。負けたもんは勝者の言うこと何でも一つ聞くんだらぁーが。それに、いつまで人の上に乗っとんだいや」

「お、おう。そうやったな」